<?xml version="1.0" encoding="utf-8"?>

<rdf:RDF
  xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"
  xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
  xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
  xmlns:admin="http://webns.net/mvcb/"
  xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
  xmlns:cc="http://web.resource.org/cc/"
  xmlns="http://purl.org/rss/1.0/">

<channel rdf:about="http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/">
<title>バッハで心に活力を～Bach de Katsu</title>
<link>http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/</link>
<description>バッハを聴いて、一日を充実させましょう！</description>
<dc:language>ja-JP</dc:language>
<dc:creator></dc:creator>
<dc:date>2005-04-17T03:44:25+09:00</dc:date>
<admin:generatorAgent rdf:resource="http://www.typepad.com/" />


<items>
<rdf:Seq><rdf:li rdf:resource="http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/04/post_6a32.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/04/post_cc75.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/04/post_9fed.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/04/post.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/03/post_6.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/03/post_5.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/03/post_4.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/03/post_3.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/03/post_2.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/03/post_1.html" />
</rdf:Seq>
</items>

</channel>

<item rdf:about="http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/04/post_6a32.html">
<title>ＥＵのさきがけ・ポロネーズ――管弦楽組曲（２）</title>
<link>http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/04/post_6a32.html</link>
<description>４曲それぞれの構成をまず記そう。 第１番ハ長調ＢＷＶ１Ｏ６６＝序曲・クーラット・...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;４曲それぞれの構成をまず記そう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;第１番ハ長調ＢＷＶ１Ｏ６６＝序曲・クーラット・ガヴォット・&lt;br /&gt;
フォルラーヌ・メヌエット・プレー・パスピ工&lt;br /&gt;
第２番ロ短調ＢＷＶｌＯ６７＝序曲・ロンド・サラバンド・プレー・&lt;br /&gt;
ポロネーズ・メヌエット・バディネリ&lt;br /&gt;
第３番ニ長調ＢＷＶｌＯ６８＝序曲・エア・ガヴォット・プレー・ジーグ&lt;br /&gt;
第４番ニ長調ＢＷＶｌＯ６９＝序曲・プレー・ガヴォット・メヌエット・&lt;br /&gt;
レジユイサンス&lt;br /&gt;
ここでへエエと気づくのは、どの曲にも「序曲」がついていること。&lt;br /&gt;
序曲はもちろん舞曲に非ず。しかし序曲は、当時の「流行」なのであった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;流行の源はフランス。ドイツの貴族はフランス料理を食べ、フランス語を&lt;br /&gt;
しゃべったという。ずっとのち、１９世紀末のロシアでも、「知識人」は&lt;br /&gt;
何かというとフランスの詩なんぞをロにした。チェホフの戯曲などにそういう&lt;br /&gt;
場面か出てくる。フランス文化はあちこちに波及したのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「序曲」のついた組曲、という構成も、フランスの作曲家リュリなどが&lt;br /&gt;
始めたもの。さらにもとはイタリア、たとえばモンテヴェルディあたり&lt;br /&gt;
なのだが……。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;フランスふうの序曲には規範があって、「緩―急―緩」の３部構成。&lt;br /&gt;
「緩」では重たい付点リズムが、そして「急」では軽快な&lt;br /&gt;
「フーガふう」か特徴。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;前に《コーヒー・カンタータ》のとき、当時バッハがいたライプツィヒにすでに&lt;br /&gt;
コーヒー・ハウスかあったとお話ししたけれど、あれもイタリア→フランス&lt;br /&gt;
という経路の末らしい。ついでにいえばそのモトはオスマン・トルコだそうだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;当時の物流および文化の伝播に思いを馳せていると、それだけでこの欄が&lt;br /&gt;
尽きてしまうのでこのくらいにしておくが、さきほどのバロック的ＥＵの&lt;br /&gt;
件だけ残して、何かひとつ話題にしてみよう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;・・・&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
　バッハの音符たち　―池辺晋一郎の「新バッハ考」―　より&lt;br /&gt;
　　&lt;A HREF=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4276200601/bachdekatsu-22&quot;&gt;バッハの音符たち―池辺晋一...&lt;/A&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>bachch</dc:creator>
<dc:date>2005-04-17T03:44:25+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/04/post_cc75.html">
<title>ＥＵのさきがけ・ポロネーズ――管弦楽組曲（１）</title>
<link>http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/04/post_cc75.html</link>
<description>今回は「組曲」だ。英語でいうと「スィート」ですね。 ドイツ語も同じスペリング。 ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;今回は「組曲」だ。英語でいうと「スィート」ですね。&lt;br /&gt;
ドイツ語も同じスペリング。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところで、ある程度以上のホテルには必ず「スィート・ルーム」が&lt;br /&gt;
ありますね。あれをアツアツ恋人たちや新婚カップルなどが泊まるもの、&lt;br /&gt;
と決めこんで、それゆえアマ～イからスイート、と思っている人が&lt;br /&gt;
ありますが、あれはそうじゃなくて、「続き部屋」のことなのですぞ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その、続き部屋とか組み物の家具などと同じことばとして、「組曲」を&lt;br /&gt;
「スイート」というのであーる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
さて、その組曲にもいろいろある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;たいていのクラシック音楽ファンが思いつくのは、メンデルスゾーンの&lt;br /&gt;
組曲《真夏の夜の夢》、チャイコフスキーのバレエ組曲《白鳥の湖》、&lt;br /&gt;
ビゼー《アルルの女》に《カルメン》組曲、グリーグ《ペール・ギュント》、&lt;br /&gt;
ストラヴィンスキーは《プルチネルラ》組曲、ややマニアックに&lt;br /&gt;
Ｒ・シュトラウスの《ばらの騎士》組曲……。&lt;br /&gt;
まだまだあるから、ハイここまで。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これらの組曲は、ほとんどがモトがバレエ、オペラ、あるいは演劇のため&lt;br /&gt;
の音楽で、のちにそのモトから抽出して組曲とした、というもの。&lt;br /&gt;
まれにはじめから組曲として書かれた、というものもあるが、少ない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;で、実にページの無駄遣いなのであるが（と言いつつページをかせぐのだ）、&lt;br /&gt;
今回の話は今あげた組曲とまったく関係がない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;バッハの話である以上、とりあげるのは、バロック時代の器楽曲様式&lt;br /&gt;
としての組曲なのだ！&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;どういう様式か。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いくつかの楽章から成る。多楽章形式のはしリだ。&lt;br /&gt;
そしてそのいくつかの楽章は、同じ調で書かれる。&lt;br /&gt;
さらに、そのいくつかの楽章は、たいてい、舞曲なのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;舞曲？&lt;br /&gt;
つまりダンス？&lt;br /&gt;
じゃあ、タンコ？　そう？　ピアソラ、あなたも好き？&lt;br /&gt;
――おっと、話が逸れてしまった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;でなきゃあ、ワルツ？――今年（１９９９年）はヨハン・シュトラウスの&lt;br /&gt;
没後１００年なんだよね。おっと、また話が逸れてしまった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いやいや。タンゴもワルツもなかったのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;あったのは、パヴアーヌ、ガイヤルド、サルタレ口、アルマンド、&lt;br /&gt;
クーラント（またはコレンテとも）、サラバンド、ブレー、ジーグ、&lt;br /&gt;
ガヴォット、メヌエット、パスピ工、アングレーブ、ルール、&lt;br /&gt;
ポロネーズ、フォルラーヌ……、だいたい網羅したかな……。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ずいぶんいろんな舞曲があったんだな、と思うでしょ？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そうなんです。ですがこれらは、∃－ロッパ各地の、いわば民族舞踊&lt;br /&gt;
だったわけ。それが宮廷に入っていき、次第に洗練されていったのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;前述の舞曲群、起源がイタリア、フランス、イギリス、&lt;br /&gt;
ポーランドなどさまざま。「アルマンド」ときた日には、「ドイツ舞曲」&lt;br /&gt;
という意味だがフランス起源。ヨーロッパというテリトリー内は、&lt;br /&gt;
かなり文化が行き来していたのだ。とすれば、昨今のＥ∪（欧州連合）の萌芽、&lt;br /&gt;
さきがけは、バロック時代の組曲にあった、といっていいのかも。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、バロック時代の組曲だが、しばしば「パルティータ」とも呼ばれる。&lt;br /&gt;
「スイート」とどうちがうのか。また、ほかに「オルドル」という呼び方&lt;br /&gt;
もある。いったいどうなっているのか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;厳密に決まっていた、というものではないようだが、もともと「スィー卜」&lt;br /&gt;
とは、アルマンド――クーラソト――サラバンド――ジーグという並びが&lt;br /&gt;
基本だったようで、パルティータはやや自由で、ほかの舞曲や舞曲以外の&lt;br /&gt;
曲を加えたもの、オルドルはさらに自由で、クープランなどフランスの&lt;br /&gt;
作曲家が用いた用語。ということらしい。まあ、詳しくはこの欄の担当の外。&lt;br /&gt;
その方の書物にあたってください。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところでバッハはこのジャンルにたくさんの名曲を遺している。&lt;br /&gt;
前回扱った《無伴奏チェロ組曲》をはじめ、クラヴイーアのためにいずれも&lt;br /&gt;
６曲ずつの《イギリス組曲》、《フランス組曲》、《パルティータ》、&lt;br /&gt;
さらにリュート、無伴奏ヴァイオリン、同じくフルート、&lt;br /&gt;
そして４曲の管弦楽組曲。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さあ、そこで今回は《管弦楽組曲》だ。&lt;br /&gt;
前にこの欄で《Ｇ線上のアリア》を扱った。&lt;br /&gt;
あれは正しくは、この《管弦楽組曲第３番》の中の「アリア（エアとも）」&lt;br /&gt;
である。したがって２度めの扱いになるか、とも思うが、視点をまるっきり&lt;br /&gt;
変えるのでお許しを。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　バッハの音符たち　―池辺晋一郎の「新バッハ考」―　より&lt;br /&gt;
　　&lt;A HREF=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4276200601/bachdekatsu-22&quot;&gt;バッハの音符たち―池辺晋一...&lt;/A&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>bachch</dc:creator>
<dc:date>2005-04-16T13:53:42+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/04/post_9fed.html">
<title>分散和音のレシピ――無伴奏チェロ組曲</title>
<link>http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/04/post_9fed.html</link>
<description>バッハの《無伴奏チェロ組曲》全６曲！ もう、これは至高の音楽。この曲、しかも独奏...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;バッハの《無伴奏チェロ組曲》全６曲！&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もう、これは至高の音楽。この曲、しかも独奏はあのパブロ・カザルス、&lt;br /&gt;
てなことになった場合、この構図はほとんど一種の宗教。&lt;br /&gt;
でなければ深遠な哲学の世界。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もっとも、音楽は哲学なんぞよりはるかに深い、という人もいるし、&lt;br /&gt;
かのシェイクスピアだってかのハムレットにしゃべらせている。&lt;br /&gt;
「この天と地のあいだには哲学などの思いもよらぬことがあるのだ」&lt;br /&gt;
（第１幕第５場、小田島雄志訳）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その「哲学の思いもよらぬもの」の範疇に属するのが、この組曲。&lt;br /&gt;
先年亡くなられたチェリストにして偉大な教育者、井上頼豊氏のことばを&lt;br /&gt;
引用するなら、まさに「チェロがまだ独奏楽器として確立していない時期&lt;br /&gt;
に生まれた、前例のない、奇跡というほかはない作品」&lt;br /&gt;
（『新編世界大音楽全集』の解説、音楽之友社）なのである。&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
したがって、ここでその奇跡、および曲ができた軌跡をたどっても、&lt;br /&gt;
すでに鬼籍に入って久しい方のこと、しょせん分かろうはずもないし、&lt;br /&gt;
古くは&lt;strong&gt;カザルス&lt;/strong&gt;、近年なら&lt;strong&gt;ロストロポーヴィチ&lt;/strong&gt;、&lt;strong&gt;ビルスマ&lt;/strong&gt;、&lt;strong&gt;ヨーヨー・マ&lt;/strong&gt;、&lt;br /&gt;
&lt;strong&gt;鈴木秀美&lt;/strong&gt;その他たくさんある録音にじっと耳を傾ければ十分。&lt;br /&gt;
何の解説もいらないのだが・・・&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　バッハの音符たち　―池辺晋一郎の「新バッハ考」―　より&lt;br /&gt;
　　&lt;A HREF=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4276200601/bachdekatsu-22&quot;&gt;バッハの音符たち―池辺晋一...&lt;/A&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>音楽</dc:subject>

<dc:creator>bachch</dc:creator>
<dc:date>2005-04-08T16:19:30+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/04/post.html">
<title>ひとりオーケストラ――イタリア協奏曲（２）</title>
<link>http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/04/post.html</link>
<description>＜前回のつづき＞ 次は、独奏曲なのになんでこれは「協奏曲」なんだ？　という問題で...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;＜前回のつづき＞&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;次は、独奏曲なのになんでこれは「協奏曲」なんだ？　という問題である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかしこれは、音楽史をひもとけば似たようなケースがいろいろ出てくる&lt;br /&gt;
ことなのである。シューマンの《交響的練習曲》はピアノ曲だ。&lt;br /&gt;
ベルリオーズの《イタリアのハロルド》には「ヴィオラ独奏と管弦楽のための&lt;br /&gt;
交響曲」という副題がついているが、要するにヴィオラ協奏曲だし、&lt;br /&gt;
ラロの《スペイン交響曲》はヴァイオリン協奏曲である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;音楽作品のタイトルなんて、つまりは作曲者がそう呼べばそうなるのだ！&lt;br /&gt;
もちろんフルートの曲なのに弦楽四重奏曲というわけにはいかないが。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そういえば、僕の高校の音楽の先生で声楽家の池田明良民は、僕が&lt;br /&gt;
高校１年時のペーパーテストで、pppを何と読むか、という設問に&lt;br /&gt;
「ピアノ・トリオ」と答え、あまりのおかしさに丸をつけてしまった、&lt;br /&gt;
と述懐するのだが、あの頃の僕がすでにそんなダジャレ癖を持って&lt;br /&gt;
いただろうか。全然覚えていない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;えっ？　正解？&lt;br /&gt;
――そりゃもちろん「ピアニッシッシモ」か「ピアノピアニッシモ」です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
またまた脱線してしまった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
さて、バッハの《イタリア協奏曲》。この「協奏曲」は、はっきりと意識して、&lt;br /&gt;
独奏と管弦楽のものであるこの形を、あえてクラヴイーアの独奏で&lt;br /&gt;
やってしまおう、という試みなのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;当時イタリアにはかのヴィヴァルディなどがいて、華やかな協奏曲を&lt;br /&gt;
数々生み出していた。バッハはそれに惹かれたのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;バロック様式の協奏曲は、総奏（テュッティ）部分と独奏（ソロ）部分が&lt;br /&gt;
交互につながって進んでいく。それを一台のクラヴイーアでやってみよう&lt;br /&gt;
とバッハは考えた。クラヴィーアとはつまりチェンバロである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;チェンバロにはふつう鍵盤が２段ある。それぞれの鍵盤はストップまたは&lt;br /&gt;
ペダルの操作により、音色を異にすることが可能だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;実はこれは、同じ昔のオクターヴの重ね万の選択であり、音色というより、&lt;br /&gt;
強弱の案配ができないこの楽器の、せめてもの音量変化の万策なのである。&lt;br /&gt;
８フィートというストップまたはペダルを作用させれば実昔が鳴り、&lt;br /&gt;
４フィートでは１オクターヴ上、１６フィートではオクターヴ下が鳴る。&lt;br /&gt;
また、たとえば８フィートと４フィートを同時に作用させればオクターヴが&lt;br /&gt;
重なって鳴るわけ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ちなみにこの「フィート」とは張られた弦の長さからきているのだが、&lt;br /&gt;
オルガンなどにも用いる。センチやメートルでは言わないので念のため。&lt;br /&gt;
さらに、「カプラー」という状態にすれば、下鍵盤を弾くと上鍵盤も動く。&lt;br /&gt;
つまり、鳴るから、倍の音量になる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;バッハは、この「楽器の性格」をフルに利用した。&lt;br /&gt;
ということは、この曲（に限らずバッハのクラヴイーア曲全般にいえることだが、&lt;br /&gt;
この曲では特に）を現代のピアノで弾くことは非常に困難なのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　バッハの音符たち　―池辺晋一郎の「新バッハ考」―　より&lt;br /&gt;
　　&lt;A HREF=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4276200601/bachdekatsu-22&quot;&gt;バッハの音符たち―池辺晋一...&lt;/A&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>音楽</dc:subject>

<dc:creator>bachch</dc:creator>
<dc:date>2005-04-02T03:47:31+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/03/post_6.html">
<title>ひとりオーケストラ――イタリア協奏曲（１）</title>
<link>http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/03/post_6.html</link>
<description>バッハの時代、ヨーロッパにおける文化の中心はイタリアだった。 音楽はもちろん、美...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;バッハの時代、ヨーロッパにおける文化の中心はイタリアだった。&lt;br /&gt;
音楽はもちろん、美術もその他の芸術も、である。&lt;br /&gt;
バッハ以前の、あの〝ルネサンス″を想えばこれは明らかだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;イタリアに次ぐのはフランス。&lt;br /&gt;
ドイツ圏の芸術家たちはイタリア、フランスを手本にするしかなかった。&lt;br /&gt;
これはバッハのあともしばらく続く。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;たとえばモーツアルト。&lt;br /&gt;
就職活動のためにわざわざイタリアまで行ったリしたこの人は、&lt;br /&gt;
イタリアふうのペンネームというか芸名というか、とにかくそこまで考えた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ヴォルフガング・アマデウス・モーツアルト。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この「アマデウス」は何を隠そう、本名を当時流行のラテン系に&lt;br /&gt;
変えたものである。日本でも、戦後主としてジャズ・プレーヤーや&lt;br /&gt;
ポップス歌手などが、「バツキー白片」とか「トニー谷」、「フランク永井」&lt;br /&gt;
などと名乗った。あれとつまりは同じだ。&lt;br /&gt;
決して「アマで～す」と謙遜したものではないのであーる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
そうか、バッハの話だった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;バッハは１７３５年、「イタリア好みの協奏曲」という曲を出版する。&lt;br /&gt;
たぶん合本になっていたのだろうが、一緒に出た曲があって、&lt;br /&gt;
それは「フランス序曲」。ね？　イタリアとフランスですよ。&lt;br /&gt;
僕が「アメリカン・ファンタジ１」と「中国ふう舞曲集」を作曲して&lt;br /&gt;
一緒に出版するようなものだ。やれ民族的な主張だ、&lt;br /&gt;
やれアイデンティティだ、なんてまるで関係ない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;だいたい芸術の創作の意識に、そのようなものが浮上してくるのは&lt;br /&gt;
１９世紀はじめくらいに至ってからである。バッハは、作曲という&lt;br /&gt;
自分の営為がドイツ民族にとって何なのか、などとまったく&lt;br /&gt;
考えなかったにちかいない。それどころか、自分の音楽作品がのちのち&lt;br /&gt;
まで残り偉大な芸術として広く鑑賞され、２０世紀も終わううかという頃、&lt;br /&gt;
あろうことか遠い日本なる国で全然知らない作曲家か自分の曲について&lt;br /&gt;
雑誌に駄文を連載するなんて、ただの一瞬も思わなかったのであーる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;また脱線してしまった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とにかく、ドイツ人のバッハが「イタリア」や「フランス」を自作の&lt;br /&gt;
タイトルにつける。そのことについて現代の感覚であれこれ言うことはない、&lt;br /&gt;
と、そういうことなのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　バッハの音符たち　―池辺晋一郎の「新バッハ考」―　より&lt;br /&gt;
　　&lt;A HREF=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4276200601/bachdekatsu-22&quot;&gt;バッハの音符たち―池辺晋一...&lt;/A&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>音楽</dc:subject>

<dc:creator>bachch</dc:creator>
<dc:date>2005-03-31T06:16:01+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/03/post_5.html">
<title>常識的でないバッハ――シェメッリ賛美歌集より（２）</title>
<link>http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/03/post_5.html</link>
<description>まぁ、とにかく、したがって、シュミーダーのつけたＢＷＶの妥当性を 論するのも難し...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;まぁ、とにかく、したがって、シュミーダーのつけたＢＷＶの妥当性を&lt;br /&gt;
論するのも難しい、と、こういうことになるわけ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところで、今回はバッハの何の曲をとりあげようか。と考えたら、シュミーダー&lt;br /&gt;
の整理分類の、もうひとつの疑問について、どうしても触れたくなってしまった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;僕の手元に「バッハ・歌曲とアリア集」という楽譜かある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もう一度、横道に逸れてもいい？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;バッハのこのジャンルはいささか一般性を欠く、といっていいだろう。&lt;br /&gt;
歌曲といやぁシューベルト。そしてシューマン、ブラームスにヴォルフ。&lt;br /&gt;
あるいはフォーレやドビュッシー。バッハの歌曲？　ましてアリアだって？&lt;br /&gt;
アリアといやぁオペラだ。バッハにオペラかあったっけ？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;バッハと同い年のヘンデルは、オペラを５０曲近く書いた。&lt;br /&gt;
だが、一生をほとんど教会音楽に捧げたバッハはオペラを書かなかった。&lt;br /&gt;
しかし、《コーヒー・カンタータ》の折に話したけれど、バッハが&lt;br /&gt;
山ほど書いたカンタータは実質上オペラみたいなものなのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それに「アリア」はオペラのものとは限らない。&lt;br /&gt;
カンタータやオラトリオの中にもアリアはあるし、単独でアリア、&lt;br /&gt;
ということもあるわけ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところで僕の手元の「バッハ・歌曲とアリア集」。中はいくつかの部分に&lt;br /&gt;
分かれていて、うちひとつが《シェメッ賛美歌集》というもの。&lt;br /&gt;
ＢＷＶ４３９から５０７。つごう６９曲だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;《シェメッリ賛美歌集》というのは１７３６年にライプツィヒで出版&lt;br /&gt;
されたもので、作者の明記なしで、なんと９５４曲も載っていたらしい。&lt;br /&gt;
うち６９曲だけ「通奏低音」付き。この曲集にバッハが関わったことは、&lt;br /&gt;
その序文で判明するらしいから、バッハ研究家の先生方は、すなわち&lt;br /&gt;
その６９曲をバッハの作と判定したのだろう。そして、僕の手元の楽譜には&lt;br /&gt;
その６９曲か載っている、というわけだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところが、ですよ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;シェーリングという人の研究で、バッハの真作は実はこのうちのたった&lt;br /&gt;
３曲にすぎないことが分かったのである。６９曲だと思ったら、&lt;br /&gt;
たったの３曲！　ナント！&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところが、ですよ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;このシェーリングの研究は、１９２４年に発表されたという。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;あれ？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;シュミーダーの「ＢＷＶ」は１９５０年。シェーリングから約四半世紀あと。&lt;br /&gt;
なのに、真作３つではなく、なぜ６９曲全部にＢＷＶ番号を付けてしまった&lt;br /&gt;
んだうう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ウーム……。と、ここでシャーロック・ホームズ（今回の人物名はシャ、シュ、シェ&lt;br /&gt;
ばかり。ちとややこしい）はひと声うなって腕を組んだのであった。&lt;br /&gt;
なんて冗談はさておいても、たしかに変だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;シェーリングはＢＷＶを認めなかったのだろうか。研究家どうしの対立か&lt;br /&gt;
何かなのだろうか。あるいは６９曲全部の通奏低音だけは、まちがいなく&lt;br /&gt;
バッハの手によるもので、したがって番号を付けて然るべきだったのだろうか。&lt;br /&gt;
まぁ、いかんせん僕はまったくの門外漢。フシギ、フシギとだけ騒いで、&lt;br /&gt;
ここは先へ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「３曲だけ」説でいこうか。シェーリングは、ＢＷＶ４５２、４７８、&lt;br /&gt;
５０５がその３曲、と言っている。じゃなかった、ＢＷＶの方が&lt;br /&gt;
あとなのだから、「ＢＷＶか付いてしまった６９曲のうち、この３つだけ&lt;br /&gt;
バッハ作」と言わなければならない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　バッハの音符たち　―池辺晋一郎の「新バッハ考」―　より&lt;br /&gt;
　　&lt;A HREF=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4276200601/bachdekatsu-22&quot;&gt;バッハの音符たち―池辺晋一...&lt;/A&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>音楽</dc:subject>

<dc:creator>bachch</dc:creator>
<dc:date>2005-03-20T09:01:06+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/03/post_4.html">
<title>常識的でないバッハ――シェメッリ賛美歌集より（１）</title>
<link>http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/03/post_4.html</link>
<description>「ＢＷＶ」を知ってますか？ ＢＭＷじゃないのですよ。あれはべーエムヴエー。ドイツ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;「ＢＷＶ」を知ってますか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ＢＭＷじゃないのですよ。あれはべーエムヴエー。ドイツの名車。&lt;br /&gt;
で、こちらはべーヴェーファウ。バッハ作品目録のこと。&lt;br /&gt;
バッハの全作品に付けられた番号である。&lt;br /&gt;
もちろん、バッハ自身が付けたわけではない。&lt;br /&gt;
比較的最近、１９５０年にシュミーダーという人が整理した。&lt;br /&gt;
年代順ではなく、いわばジャンル別分類である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これは実に細かい。&lt;br /&gt;
大規模な曲たとえば《マタイ受難曲》をひとつの番号（ＢＷＶ２４４）にして&lt;br /&gt;
いる一方、《２声のインヴェンション》として一巻に収まっている&lt;br /&gt;
１５曲それぞれにＢＷＶ７７２から７８６の番号を与えている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;つまリシュミーダーの分類では、ミサ曲やオラトリオ、カンタータ、組曲などは、&lt;br /&gt;
それがいかに多くの曲で構成されていようが「１曲」なのであり、&lt;br /&gt;
他方曲集の場合は、どんなに短く小さな曲であっても、それぞれが「１曲」なのである。&lt;br /&gt;
これか妥当で普遍的な方法であるか否かについては、門外漢の僕は口を&lt;br /&gt;
挟まないことにしよう。いや、門外漢というより、これがどんなに難しいか、&lt;br /&gt;
自分の問題でいやというほどよく知っているからである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そこで閑話休題。「音楽作品の数の数え方について・僕の場合篇」。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「これまで何曲くらい作曲しましたか」という質問をしばしば受ける。&lt;br /&gt;
これ、どう答えていいか考えてしまうんだなぁ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;一応、正式な作品目録が某出版社から出ている。&lt;br /&gt;
これはいわゆる「純音楽」のみだ。この数を答えるべきか。&lt;br /&gt;
ところが僕はこの純音楽ということばか大嫌いなのだ。&lt;br /&gt;
ナ二ガ純ダ！　アルコールかメニューにないのが純喫茶。&lt;br /&gt;
こいつも妙チキリンだが、音楽に純も不純もないだろうか！&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;で、僕はこの目録のほかに厖大な数の「純でない音楽」つまり&lt;br /&gt;
映画・演劇・放送の音楽を書いている。&lt;br /&gt;
それらを作品の数に入れてはますいのだろうか。&lt;br /&gt;
シューベルトの《ロザムンデ》、メンデルスゾーンの《真夏の夜の夢》、&lt;br /&gt;
グリーグの《ペール・ギュント》・・・・。これらはみな演劇の音楽だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;映画や放送の音楽はないのかって？　まだ発明されていなかったもんね。&lt;br /&gt;
僕はたまたま現代に生きているがゆえにメディアか多岐にわたっているだけだ。&lt;br /&gt;
ではこれらも数に入れようか。演劇はこれまで約３５０本手掛けた。&lt;br /&gt;
これを３５０曲と数えるか。だが１本の芝居といっても、音楽か数曲の&lt;br /&gt;
ものから数１０曲のものまで千差万別。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;テレビなら、たとえばＮＨＫの大河ドラマ『元禄繚乱』を担当していたが、&lt;br /&gt;
これを「１」と数えるか。あるいは、１年約５０回を通して６００から&lt;br /&gt;
７００曲くらい書くのだが、その数にしようか。さあ、どうしたらいい？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;というわけで、いったい何曲くらい書いたのか、答に窮することになる。&lt;br /&gt;
ことほどさように、音楽作品の数の数え方は難しいのだ！&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（現代はある意味でつらい時代だ。前記大作曲家たちの演劇音楽は、&lt;br /&gt;
スタイルつまり様式上「交響曲」や「ピアノ・ソナタ」などと何ら変わらないが、&lt;br /&gt;
今や音楽の様式ははなはだしくサマザマで、たとえば僕は「交響曲」と&lt;br /&gt;
「演劇音楽」とを同じ様式で書くわけにいかなくなっている。&lt;br /&gt;
で、純音菜とそれ以外という区別が生まれてしまう。）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　バッハの音符たち　―池辺晋一郎の「新バッハ考」―　より&lt;br /&gt;
　　&lt;A HREF=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4276200601/bachdekatsu-22&quot;&gt;バッハの音符たち―池辺晋一...&lt;/A&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>音楽</dc:subject>

<dc:creator>bachch</dc:creator>
<dc:date>2005-03-19T14:53:27+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/03/post_3.html">
<title>「コーヒー・カンタータ」は小オペラだ！（つづき）</title>
<link>http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/03/post_3.html</link>
<description>ではまず物語を。音楽の構成に沿って。 1)レチタティーヴォ（語り手・テノール）　...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ではまず物語を。音楽の構成に沿って。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;1)レチタティーヴォ（語り手・テノール）　あ静かに、おしゃべりせずに。&lt;br /&gt;
　娘のリースへンが父親のシュレンドリアンに連れられてやってきますよ。&lt;br /&gt;
2)アリア（父・バス）　子供の問題はまったく大変だ。&lt;br /&gt;
3)レチタティーヴォ（父と娘・バスとソプラノ）　おまえはいったい&lt;br /&gt;
　いつになったらコーヒーをやめるんだ――日に３度コーヒーを飲まなかったら&lt;br /&gt;
　私はひからびた羊の焼き肉みたいになっちゃうわ。&lt;br /&gt;
4)アリア（娘）　ああコーヒーってなんておいしいんでしょう。&lt;br /&gt;
5)レチタティーヴォ（父と娘）　コーヒーをやめないのなら、結婚も散歩も&lt;br /&gt;
　流行のスカートを買ってやるのもそのほかみんなダメだぞ――あら、いいわよ。&lt;br /&gt;
　でもコーヒーだけはやめさせないで。&lt;br /&gt;
6)アリア（父）　娘とはなんとも強情なものだわい……。&lt;br /&gt;
7)レチタティーヴォ（父と娘）　おまえ、コーヒーをやめないと本当に&lt;br /&gt;
　結婚相手が見つからないぞ――それなら、やめることにするわ。&lt;br /&gt;
8)アリア（娘）　あ父さん、きょう中にすてきな人を見つけてね。&lt;br /&gt;
9)レチタティーヴォ（語り手）　さて父は婿探し。一万娘は企んだ。&lt;br /&gt;
　夫になる人に、私がいつでもコーヒーを飲んでいいという契約書を&lt;br /&gt;
　書いてもらわなければ結婚しないわ。&lt;br /&gt;
10)三重唱（父・娘・語り手）　猫はネズミを見逃さない。母親もおばあさんも&lt;br /&gt;
　コーヒー好き。娘たちも好き。誰に娘を責められよう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;以上。１０曲から成るまさしくこれは、小オペラ。&lt;br /&gt;
当時コーヒーは大人気だったという。バッハのいたライプツィヒには８軒の&lt;br /&gt;
コーヒーハウスかあって、バッハ自身もアンサンブルを率いて&lt;br /&gt;
しばしば出演したそうだから、これはつまりライヴ・ハウスというわけだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この曲も、バッハが出演していた「ツィンマーマン」という店での&lt;br /&gt;
ライヴを目的にしたものだったろう、といわれている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さて、かくして僕は「歌詞」というか話の内容を述べたわけだから、&lt;br /&gt;
ここでその歌詞と音符の関係、すなわちバッハがいかにコトバと音とを&lt;br /&gt;
関わらせたか、について論じるべきなのだうう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところが僕は世の中で何が苦手といってドイツ語ほど苦手なものはないのだ。&lt;br /&gt;
とうてい無理である。もっとも「独語（ひとりごと）」はよくブツブツ&lt;br /&gt;
つぶやいてるけどね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
　バッハの音符たち　―池辺晋一郎の「新バッハ考」―　より&lt;br /&gt;
　　&lt;A HREF=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4276200601/bachdekatsu-22&quot;&gt;バッハの音符たち―池辺晋一...&lt;/A&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>音楽</dc:subject>

<dc:creator>bachch</dc:creator>
<dc:date>2005-03-14T05:40:13+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/03/post_2.html">
<title>「コーヒー・カンタータ」は小オペラだ！</title>
<link>http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/03/post_2.html</link>
<description>この連載は「バッハの音符たち」である。 何を今頃改まって、と思うでしょうが、これ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;この連載は「バッハの音符たち」である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;何を今頃改まって、と思うでしょうが、これはつまり自分で確認しているわけ。&lt;br /&gt;
というのも、今回は何と「歌詞」の話から始めよう、ってんだから&lt;br /&gt;
やはり一応お断りが必要にちがいない。えーと、その、&lt;br /&gt;
たまには音符から離れることもあり、とさせてください。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そういつもいつも音符にばかり頼っていると、&lt;br /&gt;
ほら、オンプ二ダッコ、なんて言われちゃうでしょ？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
真面目にいこう。&lt;br /&gt;
今回は《カンタータ第２１１番》である。&lt;br /&gt;
タイトルは「あ静かに、おしゃべりせずに」ということになっている。&lt;br /&gt;
馴染みがない？　そうでしょうね。ならば通称を。&lt;br /&gt;
《コーヒー・カンタータ》。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;どう？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これなら、聴いたこと、あるでしょ？&lt;br /&gt;
あまたあるバッハのカンタータのなかで最も有名。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ここで、そもそもカンタータとは何ぞや、ということになりますな。&lt;br /&gt;
カンターレ cantare というイタリア語がありまして、これは「歌う」という意味。&lt;br /&gt;
カンタータとはその女性形過去分詞なんですと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「歌われるもの」ということになり、「奏されるもの」すなわち「ソナタ」と&lt;br /&gt;
対になっているわけ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;カンタータの日本語訳は「交声曲」ということになっているらしい。&lt;br /&gt;
もちろん「交響曲」の対語なのだうう。が、あまり使われていないね。&lt;br /&gt;
バッハ作曲「珈琲交声曲」なんて書くとやはり、まず、笑われるに決まってる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;で、カンタータとは？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;オーケストラ（むろん大小さまざまだが）伴奏によるアリア、レチタティーヴォ、&lt;br /&gt;
重唱、合唱など幾つかの楽章から成り、それらがひとつの物語を形成する。&lt;br /&gt;
物語は、宗教的なものであったリ、それ以外の一般的なお話だったリ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;したがって、舞台に装置を組んで演技しつつ歌うわけではないけれど、&lt;br /&gt;
一種のオペラなのである。少なくとも作曲家か作曲に費やすエネルギー&lt;br /&gt;
としてはほとんどオペラだといっていい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;バッハはこれをなんと２００曲以上書いた。&lt;br /&gt;
宗教的な「教会カンタータ」が約２００曲。それ以外、&lt;br /&gt;
つまりたとえば貴族の誕生日祝いとか結婚祝いなどの際に書いたもの、&lt;br /&gt;
これを「世俗カンタータ」というが、２０数曲。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;驚くべき数である。驚くべき創作力そして驚くべきエネルギーだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;で、その「世俗カンタータ」　のひとつが、これから触れる「珈琲交声曲」&lt;br /&gt;
じゃなかった《コーヒー・カンタータ》なのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
　バッハの音符たち　―池辺晋一郎の「新バッハ考」―　より&lt;br /&gt;
　　&lt;A HREF=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4276200601/bachdekatsu-22&quot;&gt;バッハの音符たち―池辺晋一...&lt;/A&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>bachch</dc:creator>
<dc:date>2005-03-12T13:55:11+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/03/post_1.html">
<title>非和声音と調性の魅力（つづき）</title>
<link>http://bachtsu.cocolog-nifty.com/katsu/2005/03/post_1.html</link>
<description>《平均律クラヴイＩア曲集》は２巻から成る。各巻２４曲。すべてちかう調。１２の長調...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;《平均律クラヴイＩア曲集》は２巻から成る。各巻２４曲。すべてちかう調。１２の長調と１２の短調。そして各曲が「プレリュード」と「フーガ」の２曲を持つ。つまりここには細かく割れば２×２４×２＝９６曲が在るわけで、実にもうこれは、何というか、ものすごい設計と実践なのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さてここで「フーガ」の説明、となるのかな。けれどもそれはすでに《フーガの技法》を扱った折、済ましている。今回は「プレリュード」といこう。僕の大好きな曲が、第１巻にあるのです。それを。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;第２４番ロ短調の「プレリュード」。子供の頃から大好きなのだ。あの頃、というのはつまり僕が小学校へ入ったか人らぬかの頃で、ラジオのクラシック番組に、この曲をテーマにしたものがあった。弦楽合奏に編曲したものだったが、その美しさは幼い僕にも十分感じとれたのだろう。いまだに、あの頃（実は病弱で就学が１年遅れたほどだったから）臥せっていた布団のぬくもりや薬の匂いとともに、鮮烈に記憶がよみがえるのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この曲の美しさについて、今となっては何なのかを語ることができる・・・&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　バッハの音符たち　―池辺晋一郎の「新バッハ考」―　より&lt;br /&gt;
　　&lt;A HREF=&quot;http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4276200601/bachdekatsu-22&quot;&gt;バッハの音符たち―池辺晋一...&lt;/A&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>音楽</dc:subject>

<dc:creator>bachch</dc:creator>
<dc:date>2005-03-06T06:29:11+09:00</dc:date>
</item>


</rdf:RDF>
