ひとりオーケストラ――イタリア協奏曲(2)
<前回のつづき>
次は、独奏曲なのになんでこれは「協奏曲」なんだ? という問題である。
しかしこれは、音楽史をひもとけば似たようなケースがいろいろ出てくる
ことなのである。シューマンの《交響的練習曲》はピアノ曲だ。
ベルリオーズの《イタリアのハロルド》には「ヴィオラ独奏と管弦楽のための
交響曲」という副題がついているが、要するにヴィオラ協奏曲だし、
ラロの《スペイン交響曲》はヴァイオリン協奏曲である。
音楽作品のタイトルなんて、つまりは作曲者がそう呼べばそうなるのだ!
もちろんフルートの曲なのに弦楽四重奏曲というわけにはいかないが。
そういえば、僕の高校の音楽の先生で声楽家の池田明良民は、僕が
高校1年時のペーパーテストで、pppを何と読むか、という設問に
「ピアノ・トリオ」と答え、あまりのおかしさに丸をつけてしまった、
と述懐するのだが、あの頃の僕がすでにそんなダジャレ癖を持って
いただろうか。全然覚えていない。
えっ? 正解?
――そりゃもちろん「ピアニッシッシモ」か「ピアノピアニッシモ」です。
またまた脱線してしまった。
さて、バッハの《イタリア協奏曲》。この「協奏曲」は、はっきりと意識して、
独奏と管弦楽のものであるこの形を、あえてクラヴイーアの独奏で
やってしまおう、という試みなのである。
当時イタリアにはかのヴィヴァルディなどがいて、華やかな協奏曲を
数々生み出していた。バッハはそれに惹かれたのである。
バロック様式の協奏曲は、総奏(テュッティ)部分と独奏(ソロ)部分が
交互につながって進んでいく。それを一台のクラヴイーアでやってみよう
とバッハは考えた。クラヴィーアとはつまりチェンバロである。
チェンバロにはふつう鍵盤が2段ある。それぞれの鍵盤はストップまたは
ペダルの操作により、音色を異にすることが可能だ。
実はこれは、同じ昔のオクターヴの重ね万の選択であり、音色というより、
強弱の案配ができないこの楽器の、せめてもの音量変化の万策なのである。
8フィートというストップまたはペダルを作用させれば実昔が鳴り、
4フィートでは1オクターヴ上、16フィートではオクターヴ下が鳴る。
また、たとえば8フィートと4フィートを同時に作用させればオクターヴが
重なって鳴るわけ。
ちなみにこの「フィート」とは張られた弦の長さからきているのだが、
オルガンなどにも用いる。センチやメートルでは言わないので念のため。
さらに、「カプラー」という状態にすれば、下鍵盤を弾くと上鍵盤も動く。
つまり、鳴るから、倍の音量になる。
バッハは、この「楽器の性格」をフルに利用した。
ということは、この曲(に限らずバッハのクラヴイーア曲全般にいえることだが、
この曲では特に)を現代のピアノで弾くことは非常に困難なのである。
バッハの音符たち ―池辺晋一郎の「新バッハ考」― より
バッハの音符たち―池辺晋一...
| 固定リンク
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/70903/3528850
この記事へのトラックバック一覧です: ひとりオーケストラ――イタリア協奏曲(2):

コメント