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2005.04.17

EUのさきがけ・ポロネーズ――管弦楽組曲(2)

4曲それぞれの構成をまず記そう。

第1番ハ長調BWV1O66=序曲・クーラット・ガヴォット・
フォルラーヌ・メヌエット・プレー・パスピ工
第2番ロ短調BWVlO67=序曲・ロンド・サラバンド・プレー・
ポロネーズ・メヌエット・バディネリ
第3番ニ長調BWVlO68=序曲・エア・ガヴォット・プレー・ジーグ
第4番ニ長調BWVlO69=序曲・プレー・ガヴォット・メヌエット・
レジユイサンス
ここでへエエと気づくのは、どの曲にも「序曲」がついていること。
序曲はもちろん舞曲に非ず。しかし序曲は、当時の「流行」なのであった。

流行の源はフランス。ドイツの貴族はフランス料理を食べ、フランス語を
しゃべったという。ずっとのち、19世紀末のロシアでも、「知識人」は
何かというとフランスの詩なんぞをロにした。チェホフの戯曲などにそういう
場面か出てくる。フランス文化はあちこちに波及したのだ。

「序曲」のついた組曲、という構成も、フランスの作曲家リュリなどが
始めたもの。さらにもとはイタリア、たとえばモンテヴェルディあたり
なのだが……。

フランスふうの序曲には規範があって、「緩―急―緩」の3部構成。
「緩」では重たい付点リズムが、そして「急」では軽快な
「フーガふう」か特徴。

前に《コーヒー・カンタータ》のとき、当時バッハがいたライプツィヒにすでに
コーヒー・ハウスかあったとお話ししたけれど、あれもイタリア→フランス
という経路の末らしい。ついでにいえばそのモトはオスマン・トルコだそうだ。

当時の物流および文化の伝播に思いを馳せていると、それだけでこの欄が
尽きてしまうのでこのくらいにしておくが、さきほどのバロック的EUの
件だけ残して、何かひとつ話題にしてみよう。

・・・


 バッハの音符たち ―池辺晋一郎の「新バッハ考」― より
  バッハの音符たち―池辺晋一...

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2005.04.16

EUのさきがけ・ポロネーズ――管弦楽組曲(1)

今回は「組曲」だ。英語でいうと「スィート」ですね。
ドイツ語も同じスペリング。

ところで、ある程度以上のホテルには必ず「スィート・ルーム」が
ありますね。あれをアツアツ恋人たちや新婚カップルなどが泊まるもの、
と決めこんで、それゆえアマ~イからスイート、と思っている人が
ありますが、あれはそうじゃなくて、「続き部屋」のことなのですぞ。

その、続き部屋とか組み物の家具などと同じことばとして、「組曲」を
「スイート」というのであーる。


さて、その組曲にもいろいろある。

たいていのクラシック音楽ファンが思いつくのは、メンデルスゾーンの
組曲《真夏の夜の夢》、チャイコフスキーのバレエ組曲《白鳥の湖》、
ビゼー《アルルの女》に《カルメン》組曲、グリーグ《ペール・ギュント》、
ストラヴィンスキーは《プルチネルラ》組曲、ややマニアックに
R・シュトラウスの《ばらの騎士》組曲……。
まだまだあるから、ハイここまで。

これらの組曲は、ほとんどがモトがバレエ、オペラ、あるいは演劇のため
の音楽で、のちにそのモトから抽出して組曲とした、というもの。
まれにはじめから組曲として書かれた、というものもあるが、少ない。

で、実にページの無駄遣いなのであるが(と言いつつページをかせぐのだ)、
今回の話は今あげた組曲とまったく関係がない。

バッハの話である以上、とりあげるのは、バロック時代の器楽曲様式
としての組曲なのだ!

どういう様式か。

いくつかの楽章から成る。多楽章形式のはしリだ。
そしてそのいくつかの楽章は、同じ調で書かれる。
さらに、そのいくつかの楽章は、たいてい、舞曲なのである。

舞曲?
つまりダンス?
じゃあ、タンコ? そう? ピアソラ、あなたも好き?
――おっと、話が逸れてしまった。

でなきゃあ、ワルツ?――今年(1999年)はヨハン・シュトラウスの
没後100年なんだよね。おっと、また話が逸れてしまった。

いやいや。タンゴもワルツもなかったのだ。

あったのは、パヴアーヌ、ガイヤルド、サルタレ口、アルマンド、
クーラント(またはコレンテとも)、サラバンド、ブレー、ジーグ、
ガヴォット、メヌエット、パスピ工、アングレーブ、ルール、
ポロネーズ、フォルラーヌ……、だいたい網羅したかな……。

ずいぶんいろんな舞曲があったんだな、と思うでしょ?

そうなんです。ですがこれらは、∃-ロッパ各地の、いわば民族舞踊
だったわけ。それが宮廷に入っていき、次第に洗練されていったのだ。

前述の舞曲群、起源がイタリア、フランス、イギリス、
ポーランドなどさまざま。「アルマンド」ときた日には、「ドイツ舞曲」
という意味だがフランス起源。ヨーロッパというテリトリー内は、
かなり文化が行き来していたのだ。とすれば、昨今のE∪(欧州連合)の萌芽、
さきがけは、バロック時代の組曲にあった、といっていいのかも。

さて、バロック時代の組曲だが、しばしば「パルティータ」とも呼ばれる。
「スイート」とどうちがうのか。また、ほかに「オルドル」という呼び方
もある。いったいどうなっているのか。

厳密に決まっていた、というものではないようだが、もともと「スィー卜」
とは、アルマンド――クーラソト――サラバンド――ジーグという並びが
基本だったようで、パルティータはやや自由で、ほかの舞曲や舞曲以外の
曲を加えたもの、オルドルはさらに自由で、クープランなどフランスの
作曲家が用いた用語。ということらしい。まあ、詳しくはこの欄の担当の外。
その方の書物にあたってください。

ところでバッハはこのジャンルにたくさんの名曲を遺している。
前回扱った《無伴奏チェロ組曲》をはじめ、クラヴイーアのためにいずれも
6曲ずつの《イギリス組曲》、《フランス組曲》、《パルティータ》、
さらにリュート、無伴奏ヴァイオリン、同じくフルート、
そして4曲の管弦楽組曲。

さあ、そこで今回は《管弦楽組曲》だ。
前にこの欄で《G線上のアリア》を扱った。
あれは正しくは、この《管弦楽組曲第3番》の中の「アリア(エアとも)」
である。したがって2度めの扱いになるか、とも思うが、視点をまるっきり
変えるのでお許しを。

 バッハの音符たち ―池辺晋一郎の「新バッハ考」― より
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2005.04.08

分散和音のレシピ――無伴奏チェロ組曲

バッハの《無伴奏チェロ組曲》全6曲!

もう、これは至高の音楽。この曲、しかも独奏はあのパブロ・カザルス、
てなことになった場合、この構図はほとんど一種の宗教。
でなければ深遠な哲学の世界。

もっとも、音楽は哲学なんぞよりはるかに深い、という人もいるし、
かのシェイクスピアだってかのハムレットにしゃべらせている。
「この天と地のあいだには哲学などの思いもよらぬことがあるのだ」
(第1幕第5場、小田島雄志訳)。

その「哲学の思いもよらぬもの」の範疇に属するのが、この組曲。
先年亡くなられたチェリストにして偉大な教育者、井上頼豊氏のことばを
引用するなら、まさに「チェロがまだ独奏楽器として確立していない時期
に生まれた、前例のない、奇跡というほかはない作品」
(『新編世界大音楽全集』の解説、音楽之友社)なのである。
                                        
したがって、ここでその奇跡、および曲ができた軌跡をたどっても、
すでに鬼籍に入って久しい方のこと、しょせん分かろうはずもないし、
古くはカザルス、近年ならロストロポーヴィチビルスマヨーヨー・マ
鈴木秀美その他たくさんある録音にじっと耳を傾ければ十分。
何の解説もいらないのだが・・・

 バッハの音符たち ―池辺晋一郎の「新バッハ考」― より
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2005.04.02

ひとりオーケストラ――イタリア協奏曲(2)

<前回のつづき>

次は、独奏曲なのになんでこれは「協奏曲」なんだ? という問題である。

しかしこれは、音楽史をひもとけば似たようなケースがいろいろ出てくる
ことなのである。シューマンの《交響的練習曲》はピアノ曲だ。
ベルリオーズの《イタリアのハロルド》には「ヴィオラ独奏と管弦楽のための
交響曲」という副題がついているが、要するにヴィオラ協奏曲だし、
ラロの《スペイン交響曲》はヴァイオリン協奏曲である。

音楽作品のタイトルなんて、つまりは作曲者がそう呼べばそうなるのだ!
もちろんフルートの曲なのに弦楽四重奏曲というわけにはいかないが。

そういえば、僕の高校の音楽の先生で声楽家の池田明良民は、僕が
高校1年時のペーパーテストで、pppを何と読むか、という設問に
「ピアノ・トリオ」と答え、あまりのおかしさに丸をつけてしまった、
と述懐するのだが、あの頃の僕がすでにそんなダジャレ癖を持って
いただろうか。全然覚えていない。

えっ? 正解?
――そりゃもちろん「ピアニッシッシモ」か「ピアノピアニッシモ」です。


またまた脱線してしまった。


さて、バッハの《イタリア協奏曲》。この「協奏曲」は、はっきりと意識して、
独奏と管弦楽のものであるこの形を、あえてクラヴイーアの独奏で
やってしまおう、という試みなのである。

当時イタリアにはかのヴィヴァルディなどがいて、華やかな協奏曲を
数々生み出していた。バッハはそれに惹かれたのである。

バロック様式の協奏曲は、総奏(テュッティ)部分と独奏(ソロ)部分が
交互につながって進んでいく。それを一台のクラヴイーアでやってみよう
とバッハは考えた。クラヴィーアとはつまりチェンバロである。

チェンバロにはふつう鍵盤が2段ある。それぞれの鍵盤はストップまたは
ペダルの操作により、音色を異にすることが可能だ。

実はこれは、同じ昔のオクターヴの重ね万の選択であり、音色というより、
強弱の案配ができないこの楽器の、せめてもの音量変化の万策なのである。
8フィートというストップまたはペダルを作用させれば実昔が鳴り、
4フィートでは1オクターヴ上、16フィートではオクターヴ下が鳴る。
また、たとえば8フィートと4フィートを同時に作用させればオクターヴが
重なって鳴るわけ。

ちなみにこの「フィート」とは張られた弦の長さからきているのだが、
オルガンなどにも用いる。センチやメートルでは言わないので念のため。
さらに、「カプラー」という状態にすれば、下鍵盤を弾くと上鍵盤も動く。
つまり、鳴るから、倍の音量になる。

バッハは、この「楽器の性格」をフルに利用した。
ということは、この曲(に限らずバッハのクラヴイーア曲全般にいえることだが、
この曲では特に)を現代のピアノで弾くことは非常に困難なのである。

 バッハの音符たち ―池辺晋一郎の「新バッハ考」― より
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