非和声音と調性の魅力 ―平均律クラヴイーア曲集第1巻より プレリュードロ短調
ここに音楽家が10人いるとして、その方々に「バッハの代表作は?」という質問をしたら、10人ばらばらの答が返ってくるだうう。そのくらいバッハの作品は広い分野にわたっており、かつ傑作ぞろいなのである。
今回とりあげようと思っている《平均律クラヴイーア曲集》も、バッハの代表作のひとつだ。ピアノ音楽史に燦然と輝く、まさに金字塔である。
この曲集について話すにあたっては、まず平均律とは何か、から始めなければならない、などといえば、これはもうあまりにあたりまえすぎる。あまたのバッハについての書物はそんなふうにできている。それは避けよう。それがこの連載のコンセプトだから。
とにかく「平均」なのである。自然、天然を人工的に平均化してしまった。その結果非常に便利になった。しかし、不自然のそしりは免れない。その弊害もある。歌、合唱や弦楽器など、絶えず自分でいわば調律しつつ演奏する分野には本来「純正調」すなわち平均律でないものがふさわしい。だが、クラヴィーアつまり今でいうならピアノは弾きながら調律するというわけにはいかない。自由に転調しつつ進んでいくなら、この平均律は実に便利だ。
この考え方はひょっとすると現代の社会そして教育のコンセプトに通じる、と僕は思う。とりわけ日本の、だ。さきほどとまったく同じことをくり返すが、「平均化そして便利しかし弊害も」というわけ。そうやっていわゆる右肩上がりだけを目指してきた結果、実ったのはたやすくほじけるバブルでしかなかったし、実際はじけて破綻をきたしてしまった。のびやかな遊びを失って塾通いに明け暮れた子供たちが、時にとんでもない行動に走ってしまうのも同じ根っこなのではないか……。
いや、これは思いがけない方向へ話が逸れてしまった。失礼失礼。特に大バッハ先生に対して大失礼。大バッハ先生の「平均律」は、社会および教育問題と何の関係もないのであります。
バッハの音符たち ―池辺晋一郎の「新バッハ考」― より
バッハの音符たち―池辺晋一...
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