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2005.03.31

ひとりオーケストラ――イタリア協奏曲(1)

バッハの時代、ヨーロッパにおける文化の中心はイタリアだった。
音楽はもちろん、美術もその他の芸術も、である。
バッハ以前の、あの〝ルネサンス″を想えばこれは明らかだ。

イタリアに次ぐのはフランス。
ドイツ圏の芸術家たちはイタリア、フランスを手本にするしかなかった。
これはバッハのあともしばらく続く。

たとえばモーツアルト。
就職活動のためにわざわざイタリアまで行ったリしたこの人は、
イタリアふうのペンネームというか芸名というか、とにかくそこまで考えた。

ヴォルフガング・アマデウス・モーツアルト。

この「アマデウス」は何を隠そう、本名を当時流行のラテン系に
変えたものである。日本でも、戦後主としてジャズ・プレーヤーや
ポップス歌手などが、「バツキー白片」とか「トニー谷」、「フランク永井」
などと名乗った。あれとつまりは同じだ。
決して「アマで~す」と謙遜したものではないのであーる。


そうか、バッハの話だった。

バッハは1735年、「イタリア好みの協奏曲」という曲を出版する。
たぶん合本になっていたのだろうが、一緒に出た曲があって、
それは「フランス序曲」。ね? イタリアとフランスですよ。
僕が「アメリカン・ファンタジ1」と「中国ふう舞曲集」を作曲して
一緒に出版するようなものだ。やれ民族的な主張だ、
やれアイデンティティだ、なんてまるで関係ない。

だいたい芸術の創作の意識に、そのようなものが浮上してくるのは
19世紀はじめくらいに至ってからである。バッハは、作曲という
自分の営為がドイツ民族にとって何なのか、などとまったく
考えなかったにちかいない。それどころか、自分の音楽作品がのちのち
まで残り偉大な芸術として広く鑑賞され、20世紀も終わううかという頃、
あろうことか遠い日本なる国で全然知らない作曲家か自分の曲について
雑誌に駄文を連載するなんて、ただの一瞬も思わなかったのであーる。

また脱線してしまった。

とにかく、ドイツ人のバッハが「イタリア」や「フランス」を自作の
タイトルにつける。そのことについて現代の感覚であれこれ言うことはない、
と、そういうことなのだ。

 バッハの音符たち ―池辺晋一郎の「新バッハ考」― より
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2005.03.20

常識的でないバッハ――シェメッリ賛美歌集より(2)

まぁ、とにかく、したがって、シュミーダーのつけたBWVの妥当性を
論するのも難しい、と、こういうことになるわけ。

ところで、今回はバッハの何の曲をとりあげようか。と考えたら、シュミーダー
の整理分類の、もうひとつの疑問について、どうしても触れたくなってしまった。

僕の手元に「バッハ・歌曲とアリア集」という楽譜かある。

もう一度、横道に逸れてもいい?

バッハのこのジャンルはいささか一般性を欠く、といっていいだろう。
歌曲といやぁシューベルト。そしてシューマン、ブラームスにヴォルフ。
あるいはフォーレやドビュッシー。バッハの歌曲? ましてアリアだって?
アリアといやぁオペラだ。バッハにオペラかあったっけ?

バッハと同い年のヘンデルは、オペラを50曲近く書いた。
だが、一生をほとんど教会音楽に捧げたバッハはオペラを書かなかった。
しかし、《コーヒー・カンタータ》の折に話したけれど、バッハが
山ほど書いたカンタータは実質上オペラみたいなものなのだ。

それに「アリア」はオペラのものとは限らない。
カンタータやオラトリオの中にもアリアはあるし、単独でアリア、
ということもあるわけ。

ところで僕の手元の「バッハ・歌曲とアリア集」。中はいくつかの部分に
分かれていて、うちひとつが《シェメッ賛美歌集》というもの。
BWV439から507。つごう69曲だ。

《シェメッリ賛美歌集》というのは1736年にライプツィヒで出版
されたもので、作者の明記なしで、なんと954曲も載っていたらしい。
うち69曲だけ「通奏低音」付き。この曲集にバッハが関わったことは、
その序文で判明するらしいから、バッハ研究家の先生方は、すなわち
その69曲をバッハの作と判定したのだろう。そして、僕の手元の楽譜には
その69曲か載っている、というわけだ。

ところが、ですよ。

シェーリングという人の研究で、バッハの真作は実はこのうちのたった
3曲にすぎないことが分かったのである。69曲だと思ったら、
たったの3曲! ナント!

ところが、ですよ。

このシェーリングの研究は、1924年に発表されたという。

あれ?

シュミーダーの「BWV」は1950年。シェーリングから約四半世紀あと。
なのに、真作3つではなく、なぜ69曲全部にBWV番号を付けてしまった
んだうう。

ウーム……。と、ここでシャーロック・ホームズ(今回の人物名はシャ、シュ、シェ
ばかり。ちとややこしい)はひと声うなって腕を組んだのであった。
なんて冗談はさておいても、たしかに変だ。

シェーリングはBWVを認めなかったのだろうか。研究家どうしの対立か
何かなのだろうか。あるいは69曲全部の通奏低音だけは、まちがいなく
バッハの手によるもので、したがって番号を付けて然るべきだったのだろうか。
まぁ、いかんせん僕はまったくの門外漢。フシギ、フシギとだけ騒いで、
ここは先へ。

「3曲だけ」説でいこうか。シェーリングは、BWV452、478、
505がその3曲、と言っている。じゃなかった、BWVの方が
あとなのだから、「BWVか付いてしまった69曲のうち、この3つだけ
バッハ作」と言わなければならない。

 バッハの音符たち ―池辺晋一郎の「新バッハ考」― より
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2005.03.19

常識的でないバッハ――シェメッリ賛美歌集より(1)

「BWV」を知ってますか?

BMWじゃないのですよ。あれはべーエムヴエー。ドイツの名車。
で、こちらはべーヴェーファウ。バッハ作品目録のこと。
バッハの全作品に付けられた番号である。
もちろん、バッハ自身が付けたわけではない。
比較的最近、1950年にシュミーダーという人が整理した。
年代順ではなく、いわばジャンル別分類である。

これは実に細かい。
大規模な曲たとえば《マタイ受難曲》をひとつの番号(BWV244)にして
いる一方、《2声のインヴェンション》として一巻に収まっている
15曲それぞれにBWV772から786の番号を与えている。

つまリシュミーダーの分類では、ミサ曲やオラトリオ、カンタータ、組曲などは、
それがいかに多くの曲で構成されていようが「1曲」なのであり、
他方曲集の場合は、どんなに短く小さな曲であっても、それぞれが「1曲」なのである。
これか妥当で普遍的な方法であるか否かについては、門外漢の僕は口を
挟まないことにしよう。いや、門外漢というより、これがどんなに難しいか、
自分の問題でいやというほどよく知っているからである。

そこで閑話休題。「音楽作品の数の数え方について・僕の場合篇」。

「これまで何曲くらい作曲しましたか」という質問をしばしば受ける。
これ、どう答えていいか考えてしまうんだなぁ。

一応、正式な作品目録が某出版社から出ている。
これはいわゆる「純音楽」のみだ。この数を答えるべきか。
ところが僕はこの純音楽ということばか大嫌いなのだ。
ナ二ガ純ダ! アルコールかメニューにないのが純喫茶。
こいつも妙チキリンだが、音楽に純も不純もないだろうか!

で、僕はこの目録のほかに厖大な数の「純でない音楽」つまり
映画・演劇・放送の音楽を書いている。
それらを作品の数に入れてはますいのだろうか。
シューベルトの《ロザムンデ》、メンデルスゾーンの《真夏の夜の夢》、
グリーグの《ペール・ギュント》・・・・。これらはみな演劇の音楽だ。

映画や放送の音楽はないのかって? まだ発明されていなかったもんね。
僕はたまたま現代に生きているがゆえにメディアか多岐にわたっているだけだ。
ではこれらも数に入れようか。演劇はこれまで約350本手掛けた。
これを350曲と数えるか。だが1本の芝居といっても、音楽か数曲の
ものから数10曲のものまで千差万別。

テレビなら、たとえばNHKの大河ドラマ『元禄繚乱』を担当していたが、
これを「1」と数えるか。あるいは、1年約50回を通して600から
700曲くらい書くのだが、その数にしようか。さあ、どうしたらいい?

というわけで、いったい何曲くらい書いたのか、答に窮することになる。
ことほどさように、音楽作品の数の数え方は難しいのだ!

(現代はある意味でつらい時代だ。前記大作曲家たちの演劇音楽は、
スタイルつまり様式上「交響曲」や「ピアノ・ソナタ」などと何ら変わらないが、
今や音楽の様式ははなはだしくサマザマで、たとえば僕は「交響曲」と
「演劇音楽」とを同じ様式で書くわけにいかなくなっている。
で、純音菜とそれ以外という区別が生まれてしまう。)

 バッハの音符たち ―池辺晋一郎の「新バッハ考」― より
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2005.03.14

「コーヒー・カンタータ」は小オペラだ!(つづき)

ではまず物語を。音楽の構成に沿って。

1)レチタティーヴォ(語り手・テノール) あ静かに、おしゃべりせずに。
 娘のリースへンが父親のシュレンドリアンに連れられてやってきますよ。
2)アリア(父・バス) 子供の問題はまったく大変だ。
3)レチタティーヴォ(父と娘・バスとソプラノ) おまえはいったい
 いつになったらコーヒーをやめるんだ――日に3度コーヒーを飲まなかったら
 私はひからびた羊の焼き肉みたいになっちゃうわ。
4)アリア(娘) ああコーヒーってなんておいしいんでしょう。
5)レチタティーヴォ(父と娘) コーヒーをやめないのなら、結婚も散歩も
 流行のスカートを買ってやるのもそのほかみんなダメだぞ――あら、いいわよ。
 でもコーヒーだけはやめさせないで。
6)アリア(父) 娘とはなんとも強情なものだわい……。
7)レチタティーヴォ(父と娘) おまえ、コーヒーをやめないと本当に
 結婚相手が見つからないぞ――それなら、やめることにするわ。
8)アリア(娘) あ父さん、きょう中にすてきな人を見つけてね。
9)レチタティーヴォ(語り手) さて父は婿探し。一万娘は企んだ。
 夫になる人に、私がいつでもコーヒーを飲んでいいという契約書を
 書いてもらわなければ結婚しないわ。
10)三重唱(父・娘・語り手) 猫はネズミを見逃さない。母親もおばあさんも
 コーヒー好き。娘たちも好き。誰に娘を責められよう。

以上。10曲から成るまさしくこれは、小オペラ。
当時コーヒーは大人気だったという。バッハのいたライプツィヒには8軒の
コーヒーハウスかあって、バッハ自身もアンサンブルを率いて
しばしば出演したそうだから、これはつまりライヴ・ハウスというわけだ。

この曲も、バッハが出演していた「ツィンマーマン」という店での
ライヴを目的にしたものだったろう、といわれている。

さて、かくして僕は「歌詞」というか話の内容を述べたわけだから、
ここでその歌詞と音符の関係、すなわちバッハがいかにコトバと音とを
関わらせたか、について論じるべきなのだうう。

ところが僕は世の中で何が苦手といってドイツ語ほど苦手なものはないのだ。
とうてい無理である。もっとも「独語(ひとりごと)」はよくブツブツ
つぶやいてるけどね。


 バッハの音符たち ―池辺晋一郎の「新バッハ考」― より
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2005.03.12

「コーヒー・カンタータ」は小オペラだ!

この連載は「バッハの音符たち」である。

何を今頃改まって、と思うでしょうが、これはつまり自分で確認しているわけ。
というのも、今回は何と「歌詞」の話から始めよう、ってんだから
やはり一応お断りが必要にちがいない。えーと、その、
たまには音符から離れることもあり、とさせてください。

そういつもいつも音符にばかり頼っていると、
ほら、オンプ二ダッコ、なんて言われちゃうでしょ?


真面目にいこう。
今回は《カンタータ第211番》である。
タイトルは「あ静かに、おしゃべりせずに」ということになっている。
馴染みがない? そうでしょうね。ならば通称を。
《コーヒー・カンタータ》。

どう?

これなら、聴いたこと、あるでしょ?
あまたあるバッハのカンタータのなかで最も有名。

ここで、そもそもカンタータとは何ぞや、ということになりますな。
カンターレ cantare というイタリア語がありまして、これは「歌う」という意味。
カンタータとはその女性形過去分詞なんですと。

「歌われるもの」ということになり、「奏されるもの」すなわち「ソナタ」と
対になっているわけ。

カンタータの日本語訳は「交声曲」ということになっているらしい。
もちろん「交響曲」の対語なのだうう。が、あまり使われていないね。
バッハ作曲「珈琲交声曲」なんて書くとやはり、まず、笑われるに決まってる。

で、カンタータとは?

オーケストラ(むろん大小さまざまだが)伴奏によるアリア、レチタティーヴォ、
重唱、合唱など幾つかの楽章から成り、それらがひとつの物語を形成する。
物語は、宗教的なものであったリ、それ以外の一般的なお話だったリ。

したがって、舞台に装置を組んで演技しつつ歌うわけではないけれど、
一種のオペラなのである。少なくとも作曲家か作曲に費やすエネルギー
としてはほとんどオペラだといっていい。

バッハはこれをなんと200曲以上書いた。
宗教的な「教会カンタータ」が約200曲。それ以外、
つまりたとえば貴族の誕生日祝いとか結婚祝いなどの際に書いたもの、
これを「世俗カンタータ」というが、20数曲。

驚くべき数である。驚くべき創作力そして驚くべきエネルギーだ。

で、その「世俗カンタータ」 のひとつが、これから触れる「珈琲交声曲」
じゃなかった《コーヒー・カンタータ》なのである。


 バッハの音符たち ―池辺晋一郎の「新バッハ考」― より
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2005.03.06

非和声音と調性の魅力(つづき)

《平均律クラヴイIア曲集》は2巻から成る。各巻24曲。すべてちかう調。12の長調と12の短調。そして各曲が「プレリュード」と「フーガ」の2曲を持つ。つまりここには細かく割れば2×24×2=96曲が在るわけで、実にもうこれは、何というか、ものすごい設計と実践なのだ。

さてここで「フーガ」の説明、となるのかな。けれどもそれはすでに《フーガの技法》を扱った折、済ましている。今回は「プレリュード」といこう。僕の大好きな曲が、第1巻にあるのです。それを。

第24番ロ短調の「プレリュード」。子供の頃から大好きなのだ。あの頃、というのはつまり僕が小学校へ入ったか人らぬかの頃で、ラジオのクラシック番組に、この曲をテーマにしたものがあった。弦楽合奏に編曲したものだったが、その美しさは幼い僕にも十分感じとれたのだろう。いまだに、あの頃(実は病弱で就学が1年遅れたほどだったから)臥せっていた布団のぬくもりや薬の匂いとともに、鮮烈に記憶がよみがえるのである。

この曲の美しさについて、今となっては何なのかを語ることができる・・・

 バッハの音符たち ―池辺晋一郎の「新バッハ考」― より
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2005.03.05

非和声音と調性の魅力 ―平均律クラヴイーア曲集第1巻より プレリュードロ短調

ここに音楽家が10人いるとして、その方々に「バッハの代表作は?」という質問をしたら、10人ばらばらの答が返ってくるだうう。そのくらいバッハの作品は広い分野にわたっており、かつ傑作ぞろいなのである。

今回とりあげようと思っている《平均律クラヴイーア曲集》も、バッハの代表作のひとつだ。ピアノ音楽史に燦然と輝く、まさに金字塔である。

この曲集について話すにあたっては、まず平均律とは何か、から始めなければならない、などといえば、これはもうあまりにあたりまえすぎる。あまたのバッハについての書物はそんなふうにできている。それは避けよう。それがこの連載のコンセプトだから。

とにかく「平均」なのである。自然、天然を人工的に平均化してしまった。その結果非常に便利になった。しかし、不自然のそしりは免れない。その弊害もある。歌、合唱や弦楽器など、絶えず自分でいわば調律しつつ演奏する分野には本来「純正調」すなわち平均律でないものがふさわしい。だが、クラヴィーアつまり今でいうならピアノは弾きながら調律するというわけにはいかない。自由に転調しつつ進んでいくなら、この平均律は実に便利だ。

この考え方はひょっとすると現代の社会そして教育のコンセプトに通じる、と僕は思う。とりわけ日本の、だ。さきほどとまったく同じことをくり返すが、「平均化そして便利しかし弊害も」というわけ。そうやっていわゆる右肩上がりだけを目指してきた結果、実ったのはたやすくほじけるバブルでしかなかったし、実際はじけて破綻をきたしてしまった。のびやかな遊びを失って塾通いに明け暮れた子供たちが、時にとんでもない行動に走ってしまうのも同じ根っこなのではないか……。

いや、これは思いがけない方向へ話が逸れてしまった。失礼失礼。特に大バッハ先生に対して大失礼。大バッハ先生の「平均律」は、社会および教育問題と何の関係もないのであります。

 バッハの音符たち ―池辺晋一郎の「新バッハ考」― より
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