« 2005年1月 | トップページ | 2005年3月 »

2005.02.27

ゲームの捧げ物―音楽の捧げ物(つづき)

バッハの即興の話のつづきである。


ところがバッハは偉い。こうして見事な即興を披露したのに本人は満足せず、
ライプツィヒに戻ってから、大王のテーマできちんと、しかもいろいろな曲を作り、
大王に献呈したのである。

2曲のリチエルカーし、1曲のトリオ・ソナタ、10曲のカノン。
これが《音楽の捧げ物》。

曲集の冒頭にバッハは「Regis Iussu Cantio Et Reliqua Canonica Arte」と、
ラテン語で記入した。「王の命により主題と付属物はカノン様式にて解けり」
という意味。この頭文字をつなぐとRICERCAR (リチェルカーレ)となる。

もう、唸るしかないね。

いや、ここで唸っていてはいけない。もっとすごいのは曲のなかみ。
こうなるともう、一種の音楽ゲームである。

 バッハの音符たち ―池辺晋一郎の「新バッハ考」― より
  バッハの音符たち―池辺晋一...

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.02.26

ゲームの捧げ物―音楽の捧げ物

バッハは、1723年からライプツィヒの聖トーマス教会付属学校
のカントルを務めた。カントルというのは要するに教会の学校の
音楽教師のことだが、町全体の教会音楽の音楽監督でもある。

それまでは、ケーテンという町の宮廷楽長だった。
ライプツィヒヘ移ると、給料はケーテンの4分の1くらいになって
しまったらしいが、それでもバッハは教会音楽に携わりたくて、
ライプツィヒへの移転を志したらしい。

というような視点には一切触れない、というのかこの連載の建前で
あったな‥…・。自分で裏切ってはいかんのだけど、しかし今回は
話の都合上少し触れなければならない。

このライプツィヒのカントル時代に、バッハはポツダムのフリードリヒ
大王の宮殿を訪問した。もはや晩年。1747年5月のことであった。                     .

きっかけは、バッハの次男力ール・フィリップ・工マヌ工ルが、
この大王に仕えていたから。フリードリヒは音楽が大好きで、
自らフルートをかなりよく吹き、なおかつ作曲もしたと伝えられている。

大王の前で、老バッハは次々と名人芸を披還した。バッハを深く
尊敬していた大王かどんなに歓んだか、想像に難くない。
そこでバッハは、大王をさらに歓ばせるべく、即興演奏のテーマを所望する。

つまり、大王作のテーマにより即興でフーガを弾きましょう、というわけだ。
ほうほう、それで、などとただ領いていたりしてはいけない。
これはスゴイことなのである。

音楽のフォルムすなわち形式というものにはそれぞれ「決まり」があるけれど、
フーガほどその決まりが厳格で数多いものはない。言うならば究極のフォルム。
作曲をアカデミックに勉強する者は今でも、 このフーガの学習に苦しめられる。

それを即興でやっちゃう。
いやあこれはすごい。まことに。

ところでしかし、即興とは本質的に楽しいものである。
かくいう僕も、実は大好きだ。

先日、佐渡に本拠を置く太鼓集団「鼓童」 のために、委嘱を受け新作を書いた。
作曲にあたり、まずは佐渡を訪ねて彼らの日常の練習を見せてもらった。
4月のことである。

1日め、練習を聴き、かつ「鼓童」が持っている楽器を細大もらさず見せてもらう。
2日め、宿で僕は太鼓アンサンブルの、せいぜい20小節くらいの断片を5、6個
作曲し、練習場へ持参。それをみなでさっそ<演奏。
はじめのその20小節以後は即興だ。これがすばらしくおもしろかった。
みな、生き生きと叩いている。どんどんノってくる。もう、僕はじっとしておれない。
広い練習場の隅にグランドピアノ。

飛びついたね、僕。突然ピアノの音が闖入したから、一瞬みなびっくりしたよう
だったが、たちまち歓迎の笑顔となり、いつ終わるともしれぬセッションが展開された。
本来、僕が作曲する委嘱新作のためのヒント、またはテストであるはずだったのに、
そんなことはどこかへ吹っ飛んでしまった。
なんと楽しかったことか……。ことほどさように、僕は即興が好きなのである。

ついでに「その後」 の話を二つ追加。

この即興テストの楽しさは、しかし皮肉なことに本格的な作曲をやりに
くくしてしまった。つまリ、楽譜として定着させる必然が見えにくくなってしまった
のである。あれだけすてきにできちゃうんだから、即興でいいではないか。

なぜ、書かなきゃならんのだ? まったく予想もしなかったことで、
僕はずいぶん苦しんだ。だが、約束よりかなり遅れたとはいえ、
なんとか曲は仕上がり、11月、新潟市の新しい音楽ホールのこけら落とし
の一環として、無事「鼓童」 の見事な演奏で初演された。

もうひとつの話は、そのコンサートでのこと。拙作ではないが、ゲストの一人として、
ジャズ・ピアニストの山下洋輔さんが加わっていた。すぼらしい演奏に聴衆が
すっかり酔って、さあいよいよ終演。「鼓童」全員の太鼓と洋輔さん、アンコールの
大セッション。このとき僕はステージ袖にいたのだが、飛び出していきたい衝動を
抑えるのにそれはもう一苦労だった。

飛び出して弾いちゃえばよかったのに、ですって? できるわけないでしょ。
名手洋輔氏が弾いてるんだよ。さっきから僕は、即興が好き、と言ってるのであって、
得意ともウマイとも、ひとことも言っとりません。


 バッハの音符たち ―池辺晋一郎の「新バッハ考」― より
  バッハの音符たち―池辺晋一...

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.02.21

トッカータとフーガ ニ短調(余談)

昔、この「消えることによって存在を示す音」を、ひとつの美学と考えた日本の
作曲家がいた。

彼は若い頃インドを旅して、古い石窟寺院を見る。岩山を切り崩し、切り崩して、
ある「形」を得る作り方。これは、ゼロからたとえば石膏をこねて「形」を得る
ヨーロッパの作り方と正反対だ。ヨーロッパをプラスの造形と呼ぶなら、アジア
はマイナスだ。音楽でも然り、ではないか。沈黙に音が「鳴る」ことで、音を認識
するのがヨーロッパなのならば、鳴っている音が消えることにより成立する音楽も
あっていい。それこそが、アジアの音楽だ!

かくして彼は、大勢の奏者がそれぞれ別な音を鳴らしていて、順に弾きやめていく、
という曲を書いた。弾きやめる。すなわち消えることによって成立する
「マイナスの音楽」。

だがこれは、実際には成立しにくいのだ。8Dで試すとそれが分かる。ミ、ファ、
レ、ソの順で離しているが、では「ミファレソ」という旗律が認識できるか、
というと……ネ?

彼の実験は失敗だった、といっていいだうう。
だがこれは揶揄され、非難される失敗ではない。
日本の作曲家として、アジアのアイデンティティを追求した、価値ある失敗だ。
このような体験を経て、次の世代の僕たちが在るのだ、と痛感する。

故・芥川也寸志さんの話である。

 バッハの音符たち ―池辺晋一郎の「新バッハ考」― より
  バッハの音符たち―池辺晋一...

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.02.20

トッカータとフーガ ニ短調

バッハとオルガン。

これはもう、切っても切れない関係である。
極太のパイプでつながっている。
そこでこの楽器をパイプ・オルガンと呼ぶようになった。

なんてくだらんジョークを書いてはいかん。
本来ならここで、バッハがいつ、どこの教会で、そのようなオルガンを弾き、
そのオルガンの特質を生かしたどんな曲を書いたか、
などについて触れなければならない。

だが、毎度述べているように、この稿は「本来ではない」ことを
モットーにしているので、触れない。

まず、いきなり《トッカータとフーガ ニ短調》をとりあげてしまう。

名曲中の名曲。たぶんクラシックを聴かない人でも、
この曲を耳にしたら「知ってる」と言うだろう。
映画『海底二万マイル』で、潜水艦ノーチラス号船室のオルガンをネモ船長が弾く。
この曲だ。印象的だった。

蜷川幸雄演出の『ハムレット』だったか『マクベス』だったか、
大劇場を圧倒的な音量で満たしたこの曲の冒頭も忘れられない。

この曲を弾いたことのないオルガニストなんて、まずいないだろう。
他方、一度でいいから大ホールや大寺院のオルガンでこの曲を弾いてみたい、
なんて野望を抱いている音楽ファンも少なくないに違いない。

あまりに名曲だから、オルガンで弾くとは限らない。
ピアノ用編曲(タウジヒによる)やオーケストラ版(ストコフスキーによる)も有名だ。
さきほど「触れない」といった項、簡単に記すと、この曲はバッハ青年時代の作。
バッハが尊敬していたブクステフーデ(1637~1707)の作風の影響が見られる、
ということになっている。

出だしが、なにしろカッコいいよネ。

 バッハの音符たち ―池辺晋一郎の「新バッハ考」― より
  バッハの音符たち―池辺晋一...

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.02.13

毅然、決然の協奏曲――ヴァイオリン協奏曲

J・S・バッハはヴァイオリン協奏曲を3つ遺している。
うち1曲は、2つのヴァイオリンのための、いわゆる《ドッペル・コンチェルト》だ。

今、「3つ遺している」と書いたが、この言い方は厳密なものだ。
つまり「書いた」とは言っていない。
バッハくらい古くなるとすべてが遺っているとは限らない。
少なくとも他にあと3曲はあったらしい、という説もある。

もっとも、さほど古くなくても行方不明というものもあって、
音楽史上僕が最高に惜しい、ウーン聴いてみたかった、
というものは、ガブリエル・フォーレ(1845~1924)が1880年頃に
発表した「交響曲」である。あの崇高にして美しい《レクイエム》や
オペラ《ペネロープ》を書いたフォーレの「交響曲」がどんな作品だったのか・・・。
完全に失われてしまったらしいのだ。残念、無念。

話が逸れてしまったが、もちろんバッハにヴァイオリン協奏曲が
あと3曲あったのだとしたら、そりゃ聴いてみたい。知りたい。

だが、この残された3曲でも十分なのだ。3曲とも、実に実にすばらしい。
僕は3曲とも、昔からとても好き。どうして好きか、などと考えて
みたことはない。ないから、今回初めて考えてみることにした次第。

毅然、決然としているのだ。3曲とも。

学生時代、通常《第1番》と呼ばれているイ短調の協奏曲(BWV1041)の
リハーサル風景のLPがぼくの座右の友で、繰り返し聴いた。
たぶん1950年夏のプラド・フェスティヴァル。独奏はアイザック・スターンだが、
リハーサルはオーケストラ部分で、指揮はかの偉大なるチェリスト、
パブロ・カザルス。マエストロは、太く重い豊かな声で歌ってオーケストラに
指示している。「ヴァラタタタン!」「パ、パィン!」(ヴァラは巻き舌の模写なのだ)
より一層のrisoluto(決然と)を要求し、同じ箇所をもう一度やってみると、
オーケストラはマエストロの迫力ある要求に応え、弓に塗った松ヤニ
飛び散るさまがまざまざと見えるほどのrisolutissimo(!)を現出させ、
「very good!」とマエストロも叫ぶのであった。

実に毅然。実に決然。これが好きであるらしい、僕は。
  バッハ:ヴァイオリン協奏曲第...


 バッハの音符たち ―池辺晋一郎の「新バッハ考」― より
  バッハの音符たち―池辺晋一...

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.02.12

《ミサ曲口短調》 BWV232

バッハ通はよく、《マタイ受難曲》より《ミサ曲口短調》の方がすごい、
と言う。たしかに、「究極」とか「永遠」とかいう言葉が
いっそうぴったりくるのは、この《ミサ曲口短調》の方であろう。

この曲はラテン語の典礼文に作曲されているため、
けっして親しみやすいとはいえない。
だが私は、だからこそ歌詞を重んじて、
じつくりと聴きこんでほしいと思う。

きっと多くの発見があるはずだ。

たとえば、<クレド>だけを一週聞くりかえし聴く。
そこにはキリスト教の神学的エッセンスが集約されているから、
ここを征服すれば、他の楽章はもうこわくない。

私は<クレド>の核心に置かれた<降誕><受難><復活>
の3曲が、《ミサ曲口短調》の精髄だと思っている。

名演奏は数多いが、往年のリヒターの鋭さに匹敵するすばらしい
新緑音を、ブリュッヘンが発表した。
  バッハ:ミサ曲 ロ短調


オリジナル楽器には精神性が希薄だと思っている人があれば、
ぜひこの烈々たる気迫を聴いてほしい。


以上、J・S・バッハ 磯山雅 講談社現代新書より
  J・S・バッハ講談社現代新書

| | コメント (1) | トラックバック (3)

2005.02.11

《音楽の捧げもの》 BWV1079

1747年、62歳の老バッハはポツダムの宮廷にフリードリヒ二世を訪れ、
王の与えた主題によって、みごとな対位法の即興演奏を披露した。
そのおりの記憶を楽譜化し(三声のリチエルカーレ)、さらに王の主題による
一連の作品を書いて王へのプレゼントとしたのがこの《音楽の捧げもの》である。

その気高く深遠な世界は、器楽曲におけるバッハの到達点を示すもの
といえよう。崇高かつ超絶的な<六声のリチエルカーレ>(これは鍵盤曲だから、
10本の指のうち六本を同時に使うわけだ)、王の主題をパズルのように扱った
<種々のカノン>、フルート(王の得意とした楽器)をまじえた<トリオ・
ソナタ>など、聴きどころもきわめて多い。

私は、リヒターの厳しく崇高な演奏によってこの作品のすばらしさを知った。
だが読者にはむしろ、オリジナル楽器の演奏によって、この作品から実績的な
遊びの精神を読みとることを勧めよう。

そのためにかっこうの演奏を、レオンハルトとクイケン兄弟が残してくれている。
  バッハ:音楽の捧げもの

以上、J・S・バッハ 磯山雅 講談社現代新書より
  J・S・バッハ講談社現代新書

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.02.10

コルトベルク変奏曲 BWV988

ふたたコールとベルク変奏曲の話である。

 1741年に《クラヴィーア練習曲集》の第四部として出版された作品。

 単独でコンサートを構成するほどの大曲だが、あえて入門向きとして勧める。
 なぜならば、ここには当時における最先端の鍵盤技巧が発揮されていて、
 チェンバロで演奏してもピアノで演奏しても、スリル満点だからである。

 優雅なアリアの伴奏をつとめた低音部がその後主役となって30の変奏を
 引き出し、背後の数学的構成に気づかせぬほどの生気を発散してゆく。

 だが、この曲のすばらしさを熱をこめて語れるのも、グレン・グールドが
 圧倒的な名演奏を残してくれていればこそだ。カミソリのような鋭さで
 一気に進む初期の演奏、最後の録音となったじっくりして彫りの深い演奏
 どちらも甲乙つけがたい。

 作品の由来は、バッハが世話になっていたカイザーリング伯爵が不眠症
 にかかり、眠れぬ夜の慰めのために、バッハに変奏曲を所望した
 というものである。

 伯爵のおかかえだったゴルトベルクという才能ある少年がこれを演奏した。
 もちろん伯爵は、退屈して眠るためにではなく、貴重な人生のひとときを
 充実させるためにこの曲を聴いたのにちがいない。


 以上、J・S・バッハ 磯山雅 講談社現代新書より
  J・S・バッハ講談社現代新書

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.02.09

管弦楽組曲第二番口短調 BWV1067

コーヒー・カンタータにイタリアの風が吹いているとすれば、こちらには
フランスの優雅さがみちている。これもコレギウム・ムジクムによって
演奏された曲のひとつで、最近の研究は、この作品を、バッハの後期、
すなわち1730年代末期のものとみなしている。

四つの管弦楽組曲のうちでは、曲の密度と優雅さの点で、やはり第二番が
いちばんいいと思う。第三番にはあの美しいアリアがあるし、私自身は、
最近ハ長調の第一番をもっとも好んでいるのだが……。

私はフルートをやっていたので、この作品にはいろいろな思い出がある。
そのひとつは高校時代に文化祭で演奏したことであるが、その時の録音が
もし残っていたら、と思うとわれながらぞっとする。

この曲では、フルートとヴァイオリンがいっしょに動いて、独特の色合いを
作り出す。しかし、ときおりソロがコンチェルト風に浮かび上がるところが
あり、それがそのまま、曲の聴きどころになっている。
ポロネーズの中間部がその典型である。

かつてのリヒター/ニコレの演奏は厳しく格調の高いものだったが、
最近の演奏は、遊び感覚を楽しませるものが多い。その意味では、
コープマン/ヒュンテラーの演奏に、自在な躍動感がある。

以上、J・S・バッハ 磯山雅 講談社現代新書より
  J・S・バッハ講談社現代新書

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.02.08

フルート・ソナタロ短調 BWV1030

バッハがいくつもソナタを書いてくれているのだから、
フルートという楽器は恵まれている。

カンタータのパートの美しさではオーボエにかなわないが、
このロ短調のすばらしいソナタがあるからには、フルートの勝ちである。
これは、フルート音楽史上最高の名曲といっていいだろう。

この曲も、かつてはケーテン時代の作と考えられていた。
しかし近年ではライブツィヒ時代の新作という考えも強まり、
いずれとも断定できない状況である。

またこの作品は、フルートとチェンバロの右手、左手が、それぞれ独立した
声部をなしてからみ合う、いわゆるトリオ・ソナタの形をとっている。
これがオリジナルとして書かれたのか、それともトリオ・ソナタの原曲が
もともとあったのかについても、学者の意見は一致していない。

この曲などは、オリジナル楽器によって新たな視点が発見された作品の
ひとつだろう。やわらかで繊細なフラウト・トラヴェルソを使うと、
チェンバロとのからみが生きてくる。

またロ短調らしいニュアンスの深みや陰影も、現代楽器によるピカピカの演奏
には求められないほど、精彩を放ってくるのである。
有田正広さんの演奏を聴きながら、この曲の世界を見直そう。
  バッハ:フルートソナタ全集


以上、J・S・バッハ 磯山雅 講談社現代新書より
  J・S・バッハ講談社現代新書

| | コメント (3) | トラックバック (2)

2005.02.07

コーヒー・カンタータ《やおしゃべりはやめて、お静かに》 BWV211

コーヒーをめぐる作品。バッハにもこんな洒落た一面があるのかと思うほど、
くつろいで楽しめる曲である。父親「旧弊氏」はオペラ・ブッファ(喜歌劇)
そのままの乗りで、そこに娘リースヒェンの、優雅な舞曲調がからむ。

演技をつけて舞台上演するのも、なかなか効果的である。
まずコーヒーを濃く入れてから、カークビー/トーマスとホグウッドのCD
を楽しむことにしたい。これが理想的な演事とは、けっして思わないが……。
  バッハ:コーヒー・カンタータ


以上、J・S・バッハ 磯山雅 講談社現代新書より
  J・S・バッハ講談社現代新書

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.02.06

二つのヴァイオリンのための協奏曲二短調 BWV1043

1730年代のバッハの生きがいは、大学生を中心とした
コレギウム・ムジクムを率いての合奏であった。
そのための場がライプツィヒのコーヒー店であった。

バッハの3つのヴァイオリン協奏曲、すなわちイ短調、ニ長調、
そして二短調は、いずれもそのさいに演奏されたものである。

従来はこれらはすべてケーアン時代の成立と考えられていたが、
近年の研究はむしろ、これらをライプツィヒでの新作とみなす方向に
傾いてきている。

3曲中の最高傑作は、この二短調協奏曲であろう。

ひきしまったリズムに乗せて2つのヴァイオリンがきびきびと競い合い、
中でも、第二楽章の甘美なデュオが美しい。
これはギドン・クレーメルの斬新な一人二役で聴いてみよう。
  バッハ:ヴァイオリン協奏曲


なおバッハは、この作品を、二つのチェンバロのための協奏曲に
編曲している。チェンバロ協奏曲群は、バッハのライプツィヒ時代中期
における重要な貢献――古典派のピアノ協奏曲を準備したという意味で
――とされるもので、ほとんどが旋律楽器用の協奏曲からの編曲である。

最近は、失われた原曲を「復元」して演事することが盛んになってきた。
イ長調の《オ-ボエ・ダモーレ協奏曲》や、ハ短調の《オ-ボエと
ヴァイオリンのための協奏曲》は、こうした復元によって獲得された
宝である。

以上、J・S・バッハ 磯山雅 講談社現代新書より
  J・S・バッハ講談社現代新書

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.02.05

《マタイ受難曲》 BWV244

こうした選考ではどうしても、《マタイ》をとって、《ヨハネ》を
落とすことになってしまう。
《ヨハネ受難曲》はバッハの大傑作だが、《マタイ受難曲》は
その上をゆく、ということである。

もちろん両受難曲は、マタイ福音書とヨハネ福音書の相違をふまえて、
それぞれ、まったく個性的な方向をめざしている。

ひと口で言えば、《ヨハネ受難曲》は、キリストの受難を
使命の栄光ある成就としてとらえ、コラールを重んじつつ、
共同体的な性格を強く打ち出す。

これに対し《マタイ受難曲》は、受難を人間の罪と神の愛と
いうより内面的な方位からとらえて、多くのアリアを挿入しながら、
主情的な側面を深めてゆく。

それだけに《ヨハネ受難曲》を知ることは、《マタイ受難曲》の鑑賞を
深めるためにも必要である。

《マタイ受難曲》については、鑑賞のさいに、聖書の場面とそれに対する
省察の部分(主情的なアリアと共同体的なコラールの二層がある)を
はっきり区別しておくと役に立つ。

つまり、「どういう聖書の記述にどんな注釈が加えられたか」
と考えながら聴くと、バッハの受難理解が明瞭になるのである。

この受難曲の中に聴きどころを探すなどは愚かなことだが、
本当にすばらしいのはやはり、<われら涙流しつつひざまずき)の
最終合唱ではないだろうか。

内部のアリアやコラールを一~二曲省略することは、
考えられなくもない。だが、この大河のような流れに
すべてを包みこむ終曲のない 《マタイ》は、
絶対に考えられないからである。
  バッハ:マタイ受難曲

以上、J・S・バッハ 磯山雅 講談社現代新書より
  J・S・バッハ講談社現代新書

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.02.04

カンタータ第82番《われは満ち足れり》 BWV82

ライプツィヒ時代初期における大量のカンタータ創作が
ようやく一段落する頃に生まれた、バスのための独唱カンタータ
(《マタイ》前夜の、1727年に作曲)。

名曲ぞろいのカンタータからあえてこの曲を選んだのは、
フィッシヤー=ディースカウとリヒターによる感動的な
名演奏がのこされているからである。
  バッハ:カンタータ第111番


カンタータのテーマは「安らかな死」で、幼いイエスに
会えた喜びのうちにこの世に別れを告げる、シメオン老人
(ルカ伝)の心が出発点になっている。

中央に置かれた子守歌のやさしさとおおらかさは、
受難曲の終曲に匹敵するもの。

だが私は、その中間部にあらわれる現世への訣別の
言葉の厳しさに、いつも大きな感動を覚える。

同じバスのための第56番《われら喜びて十字架を負わん》や、
ソプラノ用のみずみずしく華麗な第51番
《いずこの地にても神を歓呼せよ》も、
これに劣らぬ独唱カンタータの傑作としてあげておきたい。


以上、J・S・バッハ 磯山雅 講談社現代新書より
J・S・バッハ講談社現代新書

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.02.01

マニフィカト 二長調 BWV243

カンタータをわずかしか選べなかった無念をこめて特筆したいのが、
この《マニフィカト》だ。むずかしそうなのは題名だけ。
音楽はきりりと引き締まって輝かしく、バッハ珠玉の逸品とたたえたい
気持ちにかられる。

テキストは、天使ガブリエルにイエスの懐妊を知らされたマリアが
老女ユリサベツに祝福され、感動と感謝のうちに歌い出したとされる聖句。

ライプツィヒでの最初のクリスマスに原曲(変ホ長調)が作られ、
その後一般に演奏される稿(ニ長調)が完成した。

曲はまず三本のトランペットの導入する華麗な合唱曲に起こり、
独唱や重唱が連ねられてゆく。そしてそのいずれもが、
みずみずしい魅力にあふれている。<そのはしための卑しきをも)や
<その憐れみは>の抒情美、<権力ある者を位より引き下ろし>の力強さは、
中でも印象深いものだ。

あわせてルターの『マニフィカト論』を読むと、この作品にルターの
マリア観の反映があることもわかってきて興味がつのる。

演奏は、シュターダー、ヘフリガー以下の強力ソリストを擁した
リヒター盤が、彼としても最高の出来ばえ。
バッハ:マニフィカト

以上、J・S・バッハ 磯山雅 講談社現代新書より
J・S・バッハ講談社現代新書

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年1月 | トップページ | 2005年3月 »