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2005.01.31

モテット《イエスよ、わが喜び》 BWV227

ライプツィヒ時代初期はカンタータの時代であるが、あえて最初に
モテットをとろう。

バッハのモテットはカンタータにくらべると地味で、管弦楽も活躍しないし、
長さも限られている。だが合唱の扱いは精妙で、和声も含蓄が深い。

そこから一曲となると、私はもっとも長い《イエスよ、わが喜び》を、
つねに選ぶ。

葬儀用の作品だけに、選ばれたコラールの曲想は、
題名とは裏腹に悲しい。だが「肉を去って霊にあれ」という
使徒パウロの言葉がこれと対比されることによって、
この世の空しさの感情が、しだいに慰めへと変わっていく。

その中で第九節の「お休み」の呼びかけが、とりわけ美しく
胸に響く。

バッハ:モテット集

以上、J・S・バッハ 磯山雅 講談社現代新書より
J・S・バッハ講談社現代新書

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2005.01.30

フランス組曲第五番卜長調 BWV816

ケーテン時代の後期には、《ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハ
のためのクラヴィーア小曲集》を皮切りに、教育用の鍵盤音楽が
続々と登場してくる。

これらは鑑賞用としても、たいへん内容の深いものだ。


《インヴェンション》をしっかり聴き直す、《平均律クラヴィーア曲集》
にはじめから挑戦する、というアイデアももちろん悪くないが、
優雅な《フランス組曲》あたりから入門するのも、よいプランだ。

組曲(舞曲の連なり)はもともとフランス的なジャンルであるが、
この曲集はとくに洒落た趣をもつため、すでに18世紀から、
《フランス組曲》の愛称で親しまれてきた。

ここに選んだのは、ポピュラーな第五番。

有名なガヴォツトを含む舞曲の諸相を、レオンハルトの達意の
演奏で楽しみたいと思う。
  バッハ:フランス組曲(全曲)


この曲集をひと通り聴いた方は、ライプツィヒ時代初期の曲集、
《パルティータ》に進むとよい。これはいっそうスケールが大きく、
器楽的な書法もいちだんと精密になっている。

以上、J・S・バッハ 磯山雅 講談社現代新書より
J・S・バッハ講談社現代新書

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2005.01.29

無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第二番二短調 BWV1004

今日もヴァイオリンのためのパルティータのつづきである。

ケーテン時代には、多くの室内楽曲が書かれた。

旋律楽器とチェンバロが緊密な線のからみを示すヴァイオリン・ソナタや
ガンバ・ソナタ、フルート・ソナタもそれぞれに美しいが、
バッハを本格的に聴いてゆくためには、無伴奉曲の洗礼を
一度は受けてほしい。

中でも袖髄は、ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ。

くりかえし聴くうちに、バッハのポリフォニーの奥深さに、
ひきこまれてゆくはずである。

その意味ではフーガ楽章を含む三曲のソナタが本格的だが、
まず触れるべき作品は、雄大なシャコンヌをフィナーレにもつ、
第二パルティータであろう。

ロマン派時代の多くの編曲でも知られるシャコンヌは、
まさに、ヴァイオリンによるオルガン音楽といったところ。

S・クイケンのバロック・ヴァイオリンで聴くと、
潜在ポリフォニーの効果がよくわかる。
  バッハ :...


現代ヴァイオリンには大家の名演が揃っているが、
オスカー・シュムスキーの渾身の熱演が印象に新しい。
  バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソ

以上、J・S・バッハ 磯山雅 講談社現代新書より
J・S・バッハ講談社現代新書

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2005.01.28

「シャコンヌ」をフルコースで

無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番第5曲 シャコンヌ

パルティータはイタリア語で、元来は変奏曲の意味だったらしい。
それがなぜかドイツ語では「組曲」を指すようになった。

バッハはドイツ人ゆえ、この《無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ》
は、つまり組曲だ。

で、組曲というと、メンデルスゾーンの《真夏の夜の夢》や
チャイコフスキーの《くるみ割り人形》、ビゼーの《アルルの女》
などを想い浮かべる人がいるだろうが、
それらは「スィート」(英語)だ。

ホテルの続き部屋を指したり、何かのひとそろいを意味する
コトバが「組曲」も示す。

ところが、バッハのころの組曲つまりパルティータは、舞曲の
連なりから成る、いわゆる「古典組曲」なのだ。

「アルマンド」、「クーラント」、「ジーグ」、「サラバンド」、
「ブーレ」、「ガヴォット」など、どこかで聞いたこと、あるでしょ?

これらの連なりの前に「プレリュード」(前奏曲)が
置かれたりもする。

バッハは、たった1挺のヴァイオリンのために、このパルティータを
3曲も書いた。そのうえ、舞曲ではなく、「アレグロ」とか、
「フーガ」などの楽章を持つ《無伴奏パルティータ》も
3曲書いている。この、つまり6曲は、ヴァイオリン音楽史上に燦然と
輝く金字塔なのだ。

その《パルティータ第2番》の5曲目、つまりラストが「シャコンヌ」。


「シャコンヌ」は不思議なことに「パルティータ」の逆。すなわち元来は
舞曲だったのに「変奏曲」を示すようになる。バス(低音部)の進行を
極めて重視する変奏の形だ。

似た形に「パッサカリア」よいうのもある。
  シャコンヌ

 バッハの音符たち ―池辺晋一郎の「新バッハ考」― より
  バッハの音符たち―池辺晋一...

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2005.01.25

ゴルトベルク変奏曲

音楽史上、最大の大作なのである???

チェンバロ独奏曲。
演奏時間は、演奏家によってかなり異なるが、およそ85分。

チェンバロはイタリア語。ドイツ語ではクラヴィーアだが、
今となってはそれはピアノを指してしまう。
そこで、ドイツ語でもチェンバロ、と記してある本もある。
英語でほハープシコ-ド、フランス語ではクラヴサン。

籍の中に張られた弦を、鍵盤からの操作により、
鳥の羽根の骨でプチンとはじく。

オクターヴを同時に響かせたり、余韻を短くするなど、
多少の音色変化ほ可能だが、オーケストラという豪勢な
パレットに比べたら、しょせんは単彩(淡彩ではなくて)の
世界である。

その単彩で85分、というところが、すごい。

しかも、この曲ほなんと、「退屈」のために書かれたのだ。
退屈防止策を満載した大作に対し、これはモノスゴイことではないか。
これこそ、史上最大の「大作」たるユエンなのである。

退屈のため、とは何か。

不眠症の伯爵へルマン・力-ル・フォン・カイザーリンクさん
を眠りにお誘いするため、ということなのだ。

この方は、ドレスデン駐在のロシア大使だった由。

で、バッハが、ドレスデンの宮廷の主ザクセン公から
宮廷作曲家の称号を受けた折、陰ながらいろいろ尽力して
くれた方なのである。

この方はかなりナーヴァスな人だったらしい。
眠れない夜、隣室でクラヴィーア(チェンバロですよ)を
弾く演奏家を抱えていた。

その演奏家こそ、ヨハン・テオフィルス・ゴルトベルク
なのである。

あるとき、不眠症がひどくなってしまった。
で、バッハに曲を依頼した、といういうわけなのであった。

眠ってもらうための曲。
こんな曲が、またとあるだろうか。

音楽史上、最大の大作は、バッハの《ゴルトベルク変奏曲》なのだァ!
バッハ:ゴールドベルク変奏曲...

 バッハの音符たち ―池辺晋一郎の「新バッハ考」― より
  バッハの音符たち―池辺晋一...

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2005.01.24

カンタータ第147番《心と口と行いと生きざまもて》 BWV147

ヴァイマル時代の後半に、バッハは20曲近いカンタータを書いた。
その最後に位置するこの第147番は、《主よ、人の望みの喜びよ》と
通称されるコラールで有名。

だがこのカンタータの魅力は、やはり全曲を聴いてみなくては
わからないと思う。

トランペットを擁したはずむような冒頭合唱曲、個怯的な4つのアリア、
味わい深いレチタティーヴォ(語り)・・・・・。

すべてがみずみずしい美しさにあふれ、神の子をみごもった
マリアの喜びが、しみじみと伝わってくる。

私はことに前半の二つのアリア、オーボエの伴奏するアルトの
アリアとヴァイオリンのつくソプラノのアリアが好きだ。

なおこの作品はヴァイマルではクリスマスを待つ時期
(待降節第四日曜日)のために書かれ、ライプツィヒで、
「マリアの訪問の祝日」用に改められた。

有名なコラールは、この段階で加えられたものである。
若き日のリヒターによる歯切れのよい演奏を、
ここでも選びたいと思う。


以上、J・S・バッハ 磯山雅 講談社現代新書より
J・S・バッハ講談社現代新書


リヒターのカンタータ集はこちらから
バッハ:カンタータ集

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2005.01.23

パッサカリア ハ短調 BWV582

ヴァイマル時代(1708~17年)は、オルガン曲の
黄金時代といわれる。

宮廷のオルガン奏者としての地位を固めたバッハが、
オルガンのための作曲に本腰で取り組んだためである。

コラールを使った曲では1713~14年の《オルケルビューヒライン》
(オルガン小曲集)が重要だが、コラールを用いない
《プレリュードとフーガ》の系列も、初期の作品にくらべて
はるかに堂々と、個性的になってきている。

音楽の息が目にみえて長くなり、オルガンが
豊かに歌いはじめたのである。
(その背後には、イタリア音楽の研究がある)

だがここでは、《パッサカリア》を選ぶことにした。

これは、オルガン特有の立体的な音響構成による、
きわめて厚みのある作品である。

パッサカリアというのは低音主題を基礎とした変奏曲。
であるから、鑑賞にあたってはまず、ペダル(足鍵盤)で
出る最初の主題を覚えること。

その反復に身をまかせてしまえば、あとはおのずから、
大伽藍の建設に立ち合える。

一連の変奏のあとにくるフーガも、主題の雄大な発展が
聴きものである。

演奏はヴァルヒヤの往年の名演に、かぎりない精神の
広がりが感じられる。
バッハ:オルガン作品全集

新しい解釈を求めるとすれば、トン・コープマン
の能弁な語り口がおもしろい。
バッハ:オルガン作品集

なお、オルガン曲のうち私が最近いちばん好きなのは、
ライプツィヒ時代初期に書かれた6曲の《トリオ・ソナタ》。

これはオルガンらしからぬ透明な室内楽様式で
綴られているが、音楽の品位はきわめて高い。

コルゼンパやコープマンの演奏で、ぜひ聴きこんで欲しい。
バッハ:オルガン作品集

以上、J・S・バッハ 磯山雅 講談社現代新書より
J・S・バッハ講談社現代新書


今日も、バッハのパッサカリアを耳にして、
う~ん、とうなるしかない、かな?

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カンタータ第106番 《神の時こそいと良き時》 BWV106

ミュールハウゼン時代(1707~08年)にバッハは、
教会カンタータを書きはじめる。現存する五曲のうち有名なのは、
復活祭のための第4番と、この葬儀用の第106番。

ルターのコラールを厳しく変奏した第4番
《キリストは死の縄目につながれたり》も名曲だが、
青年バッハの心と触れ合うためには、第106番に勝るものはない。


これは、バッハが生涯を通じて深めてゆく「死への安らかなまなざし」の、
音楽における最初のすばらしい結晶である。リコーダーと
ヴィオラ・ダ・ガンバのしっとりとした前奏(ソナティーナ)を聴くだけで、
心の澄みわたる思いにかられる。

以後曲は、旧約聖書の詩句によって死の宿命的な恐ろしさを描く前半から、
新約聖書に基づきつつ死への安らかな憧れを表現する後半へと達する。
その転換を描く中央の合唱曲が、本曲最高の聴きどころだ。

ここでは恐れが克服されるまでの経緯が、掟を宣告する合唱フーガと
イエスを呼ぶ清らかなソプラノの対比を通じて、劇的に描かれてゆく。
人生へのこうした透徹したまなざしは、22歳の若者の作とは
とうてい思えない。

ここにおける生と死のドラマを切実に味わうためには、やはり
リヒターの演奏を聴くのがよいと思う。
バッハ:カンタータ集II


以上、J・S・バッハ 磯山雅 講談社現代新書より
J・S・バッハ講談社現代新書

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2005.01.22

「ブランデンブルク協奏曲」大好き!

バッハの数々の名曲の中でも、《ブランデンブルク協奏曲》はとりわけ
好きな曲だ。というか、ブランデンブルク協奏曲を聴いてバッハが
好きになったというのがホントのところ。

協奏曲は全部で6曲。


ブランデンブルク公クリスティアン・ルートヴィヒというお殿様が
自分の宮廷楽団に演奏させようとバッハに依頼したのだが、
バッハは6曲も書いてこれに応じた(すごい!)。

《ブランデンブルク協奏曲》は独奏を前面に押し出す近代の
「協奏曲」とは異なる。
いわゆる合奏協奏曲=コンチェルト・グロッソ」というもの。


「第1番」は、2本のホルンと3本のオーボエ。これ、いい曲。

「第2番」は、ヘ調、つまり高いトランペット、フルート、
 オーボエ、ヴァイオリン。大好きな曲だ。

「第3番」はやや変型。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの
 3セクションがそれぞれ3部に別れ、
 群対群の形をとっている。印象的な、実に名曲。

「第4番」は、ヴァイオリンと2本のリコーダー。
 明るく、はつらつとしたすばらしい曲。

「第5番」は、フルート、ヴァイオリンとチェンバロ、
 これまた名品。

「第6番」は、2つのヴィオラ(正しくはヴィオラ・ダ・ブラッチョ
 という古楽器)。ふくよかで雅な名作である。


というわけで、6曲いずれも魅力的。

お勧めはこちら!
Bach;Brandenburg Concertos


・・・

 バッハの音符たち ―池辺晋一郎の「新バッハ考」― より
  バッハの音符たち―池辺晋一...


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2005.01.18

「G線上のアリア」の人気の秘密

本当は、ただ「アリア(Air)」という曲だ。

ヴェルディーやプッチーニなどのオペラの華やかなアリアを
想い起こす人もいるだろうが、Airという英語のスペルで
お分かりのように、元来は「空気」の意味。

イタリア語ではAriaとなる。

オペラの中では、劇的な進行が一時中断され、
叙情的に心情が歌われる部分であり、
器楽曲でも、叙情的な旋律を主軸にした曲をこう呼ぶ、
というわけ。

バッハの《G線上のアリア》の、人気の秘密を、
楽譜から探ってみよう。

いろいろ秘密はあるだろうが、僕の考えでは、
秘密の代表は次の二つ。

■ベースライン
■掛留音(けいりゅうおん)の美しさ

・・・
クラシック BEST HITS 100
G線上のアリア100%


 バッハの音符たち ―池辺晋一郎の「新バッハ考」― より
  バッハの音符たち―池辺晋一...

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2005.01.17

精緻の極み

音楽史上、というより、作曲史上最高のテクニシャンである。
何といっても、作曲理論の根本のところで、バッハは最高なのである。

J・S・バッハは、作曲技術の、まさに究極の名手なのである。

《フーガの技法》に出てくる「鏡像フーガ」。
そして、この曲集のラストは、規模の大きなフーガで、主題がひとつではない。
このラストの曲を途中まで書いて、亡くなってしまった。

絶筆は、このフーガの第3主題としてしばらく進んだ地点であった。
この主題は、変ロ―イ―ハ―ロ、すなわちドイツ音名でB―A―C―H。
なんと、自分の名を主題とし、そしてそこでバッハは生涯を終えたのである。
ウーム。
うなってしまう。

 バッハの音符たち ―池辺晋一郎の「新バッハ考」― より
  バッハの音符たち―池辺晋一...


聴くならこれかな・・・
バッハ:フーガの技法&クラヴ...

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2005.01.16

コラール・パルティータ《喜び迎えん、慈しみ深きイエスよ》 BWV768

バッハの作曲の試みは、リューネブルクの寄宿舎時代(15~17歳)
にはじまったとみられる。

それは、オルガン曲の分野においてだった。
リューネブルクの聖ヨハネ教会には、当時ゲオルク・ベームという
すぐれたオルガニストがして、コラール(賛美歌)を主題とする
変奏曲(コラール・パルティータと呼ばれる)を得意としていた。
バッハは、それをモデルとした曲を、まず作りはじめたのである。

現存するコラール・パルティータはBWV766~768の3曲だが、
このうちでは、《喜び迎えん、慈しみ深きイエスよ》が秀作。

短調のコラールをもとにしたしみじみと心に染みる音楽で、
バッハをはぐくんだ伝統の厚みを感じさせる。

しかし、少年時代の筆が残っているのは4つの変奏のみで、
他は、のちに加筆修正されたものである。

ストラスブールのジルバーマンによるヘルムート・ヴァルヒャの
味わい深い演奏で聴きたい。
バッハ:オルガン作品全集

これは全集なので、一枚物で選ぶとすればコープマンになる。

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2005.01.15

カプリッチョ《最愛の兄の旅立ちにあたって》 BWV992

このチェンバロ曲も、バッハの素朴な出発点を知るにはもってこいだ。
「最愛の兄」とは、バッハのすぐ上の兄、ヨーハン・ヤーコプ(1682~1722年)のこと。

アイゼナハで両親に死に別れたバッハは、1695年、
この兄とともにオードルフの長兄、
ヨーハン・クリストフのものにひきとられた。

バッハはそのまま1700年まで当地のラテン語学校に
通学したが、ヤーコプは、1年ほどでアイゼナハに戻り、
町楽師の修行をした。

1703年、18歳のバッハがアルンシュタット新教会の
オルガニストに就任して間もない頃、ヤーコプが、
バッハのもとに訪ねてくる。

スウェーデン王カール12世の軍楽隊のオーボエ奏者
として採用され、ポーランド戦線に赴くことになったため、
一族の人々や友人たちに、別れを告げにきたのである。

そのおりの光景をバッハは、このカプリッチョで、
心温まるチェンバロ音楽に描き出した。

「友人たちみなの嘆き」や「郵便馬車の角笛」といった
絵画的な描写はいくぶん常套的だが、
若いバッハのナイーヴな感性と兄弟愛が
感じられるのが、この曲のいいところだ。

素朴な曲だけに、これはチェンバロを美しく繊細に
鳴らす人の演奏でないと引き立たない。

その意味では、レオンハルトが群を抜いている。
バッハ:組曲 ホ短調

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2005.01.10

トッカータとフーガニ短調BWV565

アルンシュタット時代には、オルガン曲の創作が本格的にはじめられた。

誰でも知っているニ短調の《トッカータとフーガ》は、
この時代の代表作。

20代に入ったばかりのバッハの腕の冴えと、
燃えさかる情熱を堪能できる。

バッハにはこうした意欲作を書かしめたきっかけこそ、
巨匠ブクステフーデの演奏を聴くためのリューベック旅行に
ほかならなかった。

雷のようにはじまるトッカータ、軽やかに動きまわるフーガ、
どちらもこの上なく奔放で、若々しい。

まだ自分の「型」をもたぬ頃のバッハのういういしさが、
この曲の魅力といえよう。

私は生動性に富んだカールリヒターの演奏(*1)を
愛聴してきたが(ロンドン盤はとらない)、レオンハルト(*2)の
繊細な感覚美も曲を見直させる。

  磯山雅 J・S・バッハ 講談社現代新書より


*1
J.S.バッハ オルガン作品集...

*2
バッハ:オルガン作品集

私としては、トンコープマンのCDも欲しいと思っている。↓
バッハ:オルガン作品集

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2005.01.09

BWV番号

バッハに入門するためには、なんといっても、
作品に触れることが肝心だ。

バッハの作品は、ヴォルフガング・シュミーダーの
作品目録(BWV)によって整理されている。
モーツァルトのケッヒェル番号が
作曲年代順であるのに対し、こちらはジャンル別。

教会カンタータ、世俗カンタータ、ラテン語声楽曲、
受難曲とアラトリオという風にまず声楽曲をまとめ、
500番台から、器楽曲に入ってゆく。

器楽曲はオルガン、チェンバロ、リュートと進んで、
1001番から室内楽になる。

そのあとには管弦楽と特殊作品が来て、
BWV1080の《フーガの技法》でひととおり完結する。

だが、その後も新発見の曲が加えられつつあり、
1985年にアメリカで一連のオルガン・コラールが
発見されたため、総数は1100番台に乗った。

各ジャンル内での作品配列には、特別な法則はない。
BWVは単なる整理番号なのである。


以上、J・S・バッハ 磯山雅 講談社現代新書より
J・S・バッハ講談社現代新書

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